ウソとモラル

水曜日夕刊が楽しみである。
弁護士の井垣康弘のこのコラムは何度も繰り返し読む。

今回は「上手なうそ」というタイトル。
少年裁判の席で少年の進路が話題になることが結構多いという。
その少年の中に警察官・家裁調査官・弁護士志望もいる。
「今回の非行や処分を内緒にしていて構わないか?」と聞かれるという。
そこで、「親と相談して上手にうそをつきなさい」と井垣氏は送り出す。

少年だから、匿名で報道されるが、そういう職業を目指していても
なんら問題がない、という。絶対に世間に漏れることがないと送り出す。
少年達の更正を切望する、と静かに氏の文章が流れている。

井垣氏も若いときに無免許運転で捕まり家裁に呼び出しをくらった経験があるという。
その「負の部分の経験」が思わぬ所で役に立ったという。

そのあと医大志望の少年が受験に遅刻しそうになり自転車を盗み送致された話が続く。
「医者になることに差し障らないのか」と心配な親。
もちろん大丈夫なようにきめ細やかに配慮したとしめくくってある。

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医者、裁判官、警察官・・・「法」の領域に関わる職種。
法とは、人間を縛るものではない、自由にするものである。

「私は罪を犯したことがない」と明言する人を信用できるのだろうか?
「私は罪深い」とゆるしを乞う人間は他人をゆるすことができるだろう。

「善良な市民を騙すなんて許せない」
と声高にいうときの人間が一番あやういんじゃないの。

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嘘をついてよく叱られた子どもだった。
なぜ嘘をつくのかと問いつめられてもわからない。
大人達(大家族だったので)に説教され、何度も言われた
「一度なくした信用は取り戻したくても出来ない」という言葉が突き刺さったままだった。

自分は本当に駄目人間なんだ・・・的に感じていたように思う。
「それでもお前を信じている」という言葉を待っていた子どもだったのかもしれない。

もっと大きくなって、ある事件をきっかけに、
もう二度と「不正」をおかさないと心に誓ったことがある。
それは、「自分も同じことをしたことがある」と父親がぽつっと話してくれたから。

本来子どもたちは、良いことと悪いことがわからない。
外から与えられたモラルではなく、自分の中にあるモラルに照らし合わせないといけない。

その作業は子ども一人ではできない。
思春期の揺れる内面。
誰か大人が自分の経験を語ってやることが大切とシュタイナー教育でいわれてる。
ホメオパシーの似たものが似たものを癒すということかもしれない。


「いけないことをしちゃだめだ」と杓子定規で言うのでははなく
「いけないことをしてしまう人間の痛み」を知っている大人でありたい。
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by miroku-ai | 2007-11-01 17:25 | プラスα


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