プレゼント

お久しぶりです、ねいろです。
12月1日に投稿して一ヶ月半以上も更新してませんでした。
それでも、毎日当ブログをのぞきに来てくださっていた皆様ありがとうございます。

実は我が家のわんこのハリーの病気が進み、すごく落ち込んでいました。
なぜかわからないけれど、ホメオパシーや人智学からも離れていたくて
読書もPCも開かず、年末年始は大掃除をして、という普通の健全な(?)生活
をしていました。(引きこもりともいいます(^^;))

かなり落ちこみから浮き上がってきたのですが、
今思えば、ホメオパシーや人智学や読書やネット検索から
遠ざかりたかったのだとわかりました。
「自分を見つめること」を避けたかったみたいです。

なぜペットの病気が?とお思いになるかもしれませんね。
それは、自分をずっと責め続けていたからです。
「もっとはやく気がついていたら」
「もしかしたら、こうしていたらもっと病気の進行が遅くなったのかも」
極めつけが、「うちに来る前にもっと健康管理していてくれていたら」
と他人をも責めていたのでした。

自分であろうと他人であろうと「何かを責めること」は辛いことでした。
これって、究極の利己主義らしいですワ(笑)

つまりはですね〜現状を受け入れていないっちゅうことでした。
慢性腎不全というものに挑もうとしていたのか?
ホメオパシーやら、食事療法やら、なにかしたら、長生できるかも
しれないって思い必死にしてたんですね〜
ほぼ毎日点滴に通ったりもしましたが、12月頃から悪くなる一方で
今はもうほとんど寝たきりになっています。

その姿をみて、泣いていましたが
友人から「あなたの(ねいろ)と家族の選択が最良の選択だと思う。
気持ちはわんちゃんに十分通じてるはずだから。」というメッセージをもらい
やっと目が覚めたんだと思います。

そうだ、やることはやったし、お別れすることを受けいれよう。

別の人とも「動物は病気になっても人間のようにじたばたしないね」
と話していました。そう、人間だけが「死」を受け入れていなんだよね〜

毎日楽しみにしている産経新聞の夕焼けエッセイの月刊賞になったエッセーを
再び読んでしみじみそうだな〜と思いました。
そのエッセーはココ

このエッセーの作者は牧師さんなんですけど月刊賞受賞のコメントでは
「死産した孫娘のことは神様からの涙のプレゼント」だとおっしゃってました。
幸せなことも神様からのプレゼントだし、辛く悲しいこともそうなんだと。
この牧師さんのお話をきいてみたいと思いました・・・

いいプレゼントも悪いプレゼントも本当はないのに、いただく人間が
勝手に「分別」してしまうのですね・・・

今は、ハリーとの出会いに、ただただ感謝しています。
限られた時間を大切に、ハリーと家族と過ごそうと思います。
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by miroku-ai | 2008-01-21 20:24 | αわんこ


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