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数学の「美しさ」と「問い」

二学期になって、娘の中学に授業参観にいった。授業が数学だった。

数学の先生がかわり、この先生はいいんだと娘は言う。
参観させていただいたら、ほんとうにそうだった。
生徒にわかりやすく説明するポイントをおさえていらっしゃる。

無駄がない・・・というのか。ポイントを押さえているというのか。
ほれぼれした授業だった。

内容は、証明。この単元は、ワクワクします〜♪
私が、中学の時は、この単元は嫌いじゃなかった。
だけど、どういうふうに筋道をたてていったらいいいかわかならかった記憶がある。

その先生の説明は真新しいモノはない。
だけど、この仮説が正しいとするのには、どんなものをもってきたらよいのか
そして、どんな定理を使うのか、それだけだった。
仮説と定理と結論。なんて美しいと思った。

なんで、私は十代の時、この美しさに気がつかなかったのか。
思考が可能になる年代、子ども達には最高のエクササイズ。

数学を愛しているものしか、その世界は案内できないだろう。
先生と子どもの出会い、よい先生との出会い、これほど幸福なことはない。

この前、夕飯の時、娘がぽつり。
なんで円の一周の角度は360度なのか?
うーん。家族でいきついた結論は、「360度って便利そうって思ったからそうなった。」
でも、娘は「なんで?500度とかでもいいのになんで、360度なのか?」
と納得してくれない。便宜上そうなったのだと、夫と私がいうけど、納得いかない娘。

インターネットってこういうとき便利。
ウィキの角度のページをみたら、ははーんなるほどっておもうでしょう?

古代、そうエジプト?バビロニア?メソパタミア?文明で、
太陽のまわりを一周する地球の一日を一度としたんですね。
60進法とヤツです。一年360日としたから、360度としたんです。
2,3,4,5,6の何でも割り切れるということです。
10までの数なら7だけ割り切れないのね。
9、10、15、18、30、45でも割り切れる。わあ〜。約数かあ。

次女の素直な疑問。すごく素敵な視点だ。
これはこういうもの、決まっているもの、ということでない。
この視点から、(ファンタジーの世界に)遊べるよね。

娘が日時計を体験したことがあったから、なるほど〜と一同。

180度の線がはじめからあるわけでない。
90度の直角なんてのも、本来はないはず。わかりやすく、便宜上定理として決めた。
本当は世界には、直線とか、点とかってないよね。存在できなよね。
世界は混沌としているように思えるけど、夢見がちなだけでは始まらない。

観念を発展させていくこと、それはその人の世界観を広げる。
混沌のなかに秩序が生まれる。

世の中は、仮説だらけ。
でも、たしかに定理はある。秩序が生まれる時と空間がある。


まだまだ母もわからないことだらけだけど、娘よ、あなたの問いに
わくわくさせてもらったよ。ちょっぴり、数学者になれた気分。
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by miroku-ai | 2007-12-01 23:29 | プラスα

KYてやだ

あなたはKY? 空気読み力テストをやってみた | Excite エキサイト

空気読み力テストはここでできます。
脳内メーカーだっけ?KYテスト自体はある意味それよりまともなテストでした。
でもお遊びの「成分判断テスト」のほうが好きやわ〜


なんかKYって流行っているけど、今言われているKYってなんかいやだす。
なにがって、いやなんだす。
だって・・・その場の空気よめない人を排除するような空気がただようやん。

そこまで空気よんで順応しないといけないのかな?
    *前総理とか・・・はちょっと痛いかも。でもちょっと可哀想。

空気よめていない時、お互い辛かったりするけど
読めすぎているのもなんだかねえ。多いもの勝ち、みたくヤダス。

空気よめすぎる時も辛い。いっそ鈍感なほうがいいときもある。
けど、いちばん辛く、やな時は、誰かが勝手にその場の空気ってものを
創り上げるorでっちあげて、そうじゃない人をイケズする時がヤダス。

ま、ね、真剣にとらないで、みんなでやってみたら楽しいですぞ。

因みにあたしは、綺麗な五角形ではなくいびつ型。
結果は、55点でAだ。
(こんなあたしでもAか?一般人としてやっていけるレベルらしい)

TPO力が極端に低かった。ばっふぉーん。
大声はやめよう・・・
変な格好で現れる人だったりするのかしら♪
シリアスな場面で笑いたくなる時あるしなあ〜
自分じゃわからないもんだ。あ。それがKYか。
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by miroku-ai | 2007-11-22 19:57 | プラスα

息子よ!

先日の「母よ!」に続く第二弾「息子よ!」でお送り致します。

ー息子よ!本格的な風邪かよ?編ー
最近息子が風邪ひいた♪(ゴンベさんの赤ちゃんが風邪ひいた風)
彼は、丈夫な我が家のなかでも抜群に丈夫な男子だ。
幼稚園は皆勤だし、殆ど小学校もそう。噂ではおバカではないかという話もある(^^;)

このあいだ、珍しくしっかり風邪をひいた。いつも、鼻風邪程度で、レメディー飲んだら
あっさり治ってしまうのだが、今回は長引いたかな。
いつもFerram Phosとかを飲むと「あ、治った」というお手軽な息子なんだけど
今回は、ぐずぐずしてたかも。でも治っていなかったようで、一週間後、
急に悪寒、その後高熱が出て、一日半、起きてこないでひたすら寝ていたわ。
(ポイントは、休日に具合が悪くなり、学校は休まないでいけるところがすごいっす)
こんこんと眠る彼に家族みんなで、驚き〜(小児感染症でもピンピンしていた息子なので)
死んでないだろうか?と家族がのぞきにいく始末。

眠り王子様は、眠りから覚めると、すっきりと「治ったわ」だって。
恐るべし、息子の生命力。

ー息子よ!レメディー編ー
ちょっと風邪をひくと、すぐレメディーを飲みたがる。(風邪ともいえない段階)
家族で一番レメディーを(無駄に・やたらと)消費するヤツ。

「母さん〜僕風邪っぽい、咳出るしレメディーちょうだい」
いつもレメディーを慎重に選んでやるのだが、
その日は、朝弁当を作っている時で、後にして〜と言っていた。

私も一段落して、「どこがどうしんどいの?」と聞くと
「あ、もう飲んだわ」という。「え〜!!!何飲んだん???」と聞くと
「棚の一番手前にあったやつ、適当に飲んどいたわ」
な・・・なぬ?テキトー???!!!
あわてて洗面所にいって、一番手前にあるレメディーを確認したら
Symphytun(シンファイタム)やんか!
  *別名:骨接ぎのレメディー/骨折時にArn.(アルニカ)Calc-p.(カルクフォス)
  と共に活躍する救急時に心強いレメディー
ううう・・・息子よ!これは風邪でも、君にマッチしているレメディーでもなさそう。
適当に飲むな!!!テキトーに!!!しかし、それで「治ったわ、あのレメディーで」
っていう息子。これは、ホメオパシーにおけるプラセボー効果か?それはそれで複雑な気分。

ー息子よ!まったり編ー
今朝、朝起きたとき(まだ一緒にねている)の布団のなかでの一言。
「ねえ、お母さん〜耳が聞こえない人の夢はね、音がないのかな?
目が見えない人の夢は僕らが見てるようなものが見えてない夢なんかな?」
って聞いてきた。ほんまやねえ。そんなこと考えたことなかった。

そんときに私が答えたのは・・・
私らが、いつも見ている夢は、夢見ている時にほんまに(実生活で)聞こえているように
聞こえてるんやろうか?
ちょっと違う気がするねんなあ〜
そういうことでいうと、夢を見るっていうけど、ほんまに見ているのかな?
だってさあ、夢を見ているときって、目を閉じているやん?
だけど、夢って見えるんだよねえ〜聞こえるんだね
・・・不思議だねえ、息子よ!君はどう思う?
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by miroku-ai | 2007-11-18 23:30 | プラスα

学校はまちがってもいいところ

息子(11歳)が夕食後算数の宿題をしていた。
わからないところをみてやる。なんだか今日は気分良くみてやれたんだよね。
それは、しろくまさんのブログを読んで私がとても安心したからかもね。
(時々、ガミガミババアに変身するのだ〜爆)

最近糸山氏のようなよく考えている教育者が増えているなと思う。
齊藤孝さんとか。AERAとかの教育雑誌もでてますね(全部いいかどうかは別として)
詰め込み教育のいかんところは親世代もよくわかっているはず。
でも、どうしたらいいかよくわからない→○○式とか塾にたよっちゃう。

そうじゃないんだよな〜
大人の役目は、その子が大人になって、自分の意志でしっかりたって
自分で考えて、行動できるように環境を整えてやることなんだよね。
そして、そのためには、子どもの成長のしくみ(段階)をしらないといけない。
そのことをよくわかっている人は、シュタイナーさんだったりする。
ここで間違ってはいけないのは、シュタイナー教育にたよることじゃないのだ。

シュタイナーをしらなくても、人間のことをよくわかっているひとは
上手に子どもを導くことができるのだ。
だから、そういう人が表した教育はシュタイナー教育に似ているのはごくあたりまえ。

こんなふうにすっきり理解できたのは、ぼちぼちと、だったわけでして。
初めは、それこそシュタイナー教育にしても形ばっかりのお母さんだったと思う。
だから、子ども達には迷惑をかけてきたはず。
最近はそんな自分も赦せるようになったかな・・・・

いろんな焦りはあってもしかたない。
まずは、子どもを信じること。私を信じること。
私が子どもにしてやれることは、環境を整えてやること。
親も子どもにとっては環境のひとつにしかすぎない(率としては大きいけど)

それから瞑想・・・・それは祈り。
「私の子どもがこうなりますように」ではなく、
私の子どもがこうなりたいと想い描くことが叶いますように

子どもは、親をはじめ肉親から、教師から、社会から、劣等感を
すりこまれちゃう。だって、育てる側に劣等感がてんこもりだからね。
それをいかに肯定し、信じることに転換するかである。
だって子どもはマネをするんだもの。口先だけでは見破られ、負の連鎖が続く。

計算が早くできるのがいい。たくさん知識があるといい。
そうやって、大人は子どもをせかせて、準備の出来ていない子どもに知的早産させる。
結局大人が、自分で考える楽しみを奪ってしまうのだ。

息子は算数が苦手だという。
だけど、それは反復の量が少ないだけで、時期もまだ熟していないだけ。
私が説明すると、特に絵を描いてあげたりすると、わかる。
「あんたバカちゃうんねんで〜」と何度もいってやる。

宿題、まちがっていってもいいんだよ。
学校にいってる間は、間違っていいんだからさ。
  じゃあ、お母さん、しゃ・・・社会にでたら?(はじめて彼から社会って言葉がでた)
そうね、大人になっても間違っちゃいけない、ってわけじゃないよ。
間違ったってわかったら、間違いを改めたらいいんだよ。
  ふうん・・・

困ったら、解決できるように、それから考えるといい。
ほんとうに「わかる」ってことが経験できるといいね。
今は考える道筋をつける練習をしている、そしてたくさん遊ぶ、それくらいだよ。

遊ぶ・・・たくさんのファンタジー、イメージのなかで。
そう、このまえ、クスッってわらうことがあったな。

私が彼になにかの説明(忘れた・・・がーん)をしていて、
「だからね、このなかの小人さんがね・・・」といいかけたら
「なんでいっつも小人さんとか天使さんとかなん!」と息子(ちょっと苦しそうに)
あ、そうか。もう外からの(大人からの)そんな世界がいらない時期がきたんだ。
末っ子だから、私自身が感傷的になるのかとおもってたけど、案外さっぱり。
小人とか天使さんの出てくるお話からすこし変えていこうか、と心でつぶやく私。

それと今日夕飯時に息子が「ナマズが地震を起こすって言われてたん?」と聞いてきた。
「昔の日本では地面の下に大ナマズがいて、それが動くと地震になるって言われていた」
と答えると、「ほんまにそんなん いてへんやろ?」と聞く。
私が「昔の人はそう信じてはったんよ」、いつものようにまじめに答えると、
14歳の姉が「天照大神とかって、旧約聖書のアダムとイブのようなもんやし、
昔ってそういうことやで」と言った。証拠が・・・とか息子が言いかけていたけど、
姉のそんな話がかぶさってそれ以上息子は聞かなかった。

このやりとりをきいて、彼らは確実に自分の物語をもっているんだって思った。
反抗期の次女と、夢見ごごちの(時期が長かった)長男。
その二人の立場が少し変化した一瞬だった。
これからも、我が家の3人姉弟のそれぞれの物語は変化していくだろう。
今日のように、誰かが引っ込めば、誰かが出る、っていうふうに紡いでいってほしいな。
すごい喧嘩するけど姉弟ってなかなかいいもんやんか。

姉弟の会話というと、去年のクリスマスの日のもう一つ上の姉と弟の会話
ルビコン川をのんびり渡っている息子の今年のサンタさんはどうなることやら。
楽しみだ〜ひゃ〜


あれ・・・また話がどこかにいってしまいましたけど。
悩みが多い子育てだったりするけど、今日みたいな小春日和にささえられているな。
御縁のあるすべての存在と、子ども達、家族に感謝。
今日も最後までおつきあいありがとうございました。
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by miroku-ai | 2007-11-12 23:35 | プラスα

ウソとモラル

水曜日夕刊が楽しみである。
弁護士の井垣康弘のこのコラムは何度も繰り返し読む。

今回は「上手なうそ」というタイトル。
少年裁判の席で少年の進路が話題になることが結構多いという。
その少年の中に警察官・家裁調査官・弁護士志望もいる。
「今回の非行や処分を内緒にしていて構わないか?」と聞かれるという。
そこで、「親と相談して上手にうそをつきなさい」と井垣氏は送り出す。

少年だから、匿名で報道されるが、そういう職業を目指していても
なんら問題がない、という。絶対に世間に漏れることがないと送り出す。
少年達の更正を切望する、と静かに氏の文章が流れている。

井垣氏も若いときに無免許運転で捕まり家裁に呼び出しをくらった経験があるという。
その「負の部分の経験」が思わぬ所で役に立ったという。

そのあと医大志望の少年が受験に遅刻しそうになり自転車を盗み送致された話が続く。
「医者になることに差し障らないのか」と心配な親。
もちろん大丈夫なようにきめ細やかに配慮したとしめくくってある。

   *****   *****   *****

医者、裁判官、警察官・・・「法」の領域に関わる職種。
法とは、人間を縛るものではない、自由にするものである。

「私は罪を犯したことがない」と明言する人を信用できるのだろうか?
「私は罪深い」とゆるしを乞う人間は他人をゆるすことができるだろう。

「善良な市民を騙すなんて許せない」
と声高にいうときの人間が一番あやういんじゃないの。

   *****   *****   *****

嘘をついてよく叱られた子どもだった。
なぜ嘘をつくのかと問いつめられてもわからない。
大人達(大家族だったので)に説教され、何度も言われた
「一度なくした信用は取り戻したくても出来ない」という言葉が突き刺さったままだった。

自分は本当に駄目人間なんだ・・・的に感じていたように思う。
「それでもお前を信じている」という言葉を待っていた子どもだったのかもしれない。

もっと大きくなって、ある事件をきっかけに、
もう二度と「不正」をおかさないと心に誓ったことがある。
それは、「自分も同じことをしたことがある」と父親がぽつっと話してくれたから。

本来子どもたちは、良いことと悪いことがわからない。
外から与えられたモラルではなく、自分の中にあるモラルに照らし合わせないといけない。

その作業は子ども一人ではできない。
思春期の揺れる内面。
誰か大人が自分の経験を語ってやることが大切とシュタイナー教育でいわれてる。
ホメオパシーの似たものが似たものを癒すということかもしれない。


「いけないことをしちゃだめだ」と杓子定規で言うのでははなく
「いけないことをしてしまう人間の痛み」を知っている大人でありたい。
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by miroku-ai | 2007-11-01 17:25 | プラスα

美しい日本語?正しい日本語?

小学校の男性校長が学校だよりに不適切な表現/横浜
ちょっと前のニュースですが。
横浜の市立小学校の男性校長(57)が保護者や地域の人たちに配布した
「学校だより」 の表題を大きな文字で「うん子」としちゃって非難囂々みたいです。

以下引用
「はい」という気持ちのよいあいさつが児童から返ってこない現状やあいさつの必要性を説明。その一方で「(児童に)『分かったのかな』と聞くと『うん』。もう腹が立ってきて『うん、じゃなくてはいでしょ』と言うと、やっぱり『うん』。おまえは『うん子』かと怒鳴りたくなるわたしのこの気持ち分かってもらえますでしょうか」と書いてある。
そのほか児童に対して「どついたろかという気持ちになってしまいます」などという不適切な表現もある。この文章に保護者らから「子どもたちがかわいそう」「安心して子どもを任せることはできない」などと批判が相次いでいるという。

あーあ、やっちゃった〜

この校長先生のセンスは嫌いじゃない
      (どっちかというと好きだったりする)・・そやけど・・

そんなギャク?披露と愚痴大会は先生方同志でやっとけ〜
先生、ましてや校長先生は、お手本となるべくヒトなのだから
お笑い芸人のように、笑いをとらんでよろしいで〜
何人の政治家達が、そのホンネをうっかり言っちゃったためにやめたことか。
個人的なポエムだったらよかったのにねえ〜
・・・よくないか。それにしても「うん子」はハイセンスすぎる(笑)

内輪ネタは、大勢の人には伝わらないことが多すぎる。
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by miroku-ai | 2007-10-30 16:40 | プラスα

復活 Auferstehn アウフ・エアシュテーエン

春先でもないのに「復活」。キリストの復活ではなく最後の審判かな?
週末に、マーラーの復活を聴きに行ってきました。
ある方に「行けなくなったので」とチケットが二枚。
ラッキー〜。長女といそいそ行ってきました。おありがとうございます。

指揮は金聖響で「僕は指揮者になるんやー」と決心したきっかけに
なったのが小澤征爾が振っていたこの「復活」だったみたい。

あんましクラッシックは詳しくないけど、キリスト教圏の死生観が良く表れているな
と思いました。(初「復活」です)
第一楽章は自分の人生がこんなふうだったんだ〜ぎょえ〜みたいな感じ(笑)
よく解説で“走馬燈のように”とか表現されていますけど。
私らは閻魔様のまえで“はは〜っ”ってしているイメージ?

だけどね〜、きっとね、人間死んだらすぐに巨大スクリーンのまえで、
縁のあった人と一緒に自分の人生を逆向きに上演されるのをみる(シュタイナー)
っていうイメージがあるので、私的には「ぎょえ〜!」Σ(д゚||)Σ(  ||)Σ(||゚д)Σ(||゚Д゚||)
打楽器とかで「これでもか〜!」的に表現されてまして、コンマスの演奏も
ど派手だったりします。ドラマチックでした。まさに人生いろいろ。

それにしても合唱団の立つぶん舞台がせりだしていて、すっごい前で疲れました〜(娘談)
第1楽章。曲が終わると、指揮者も椅子に座って休憩タイムがおもしろかった。
第1楽章が終わったら休み、という曲みたい(マーラが楽譜にそう書いているらしいぞ)
ということは、やはりエネルギーのいる曲なんですね〜。
聖響さんチェロの主席の二人(娘とひそかなファンの大フィルでいつもお見かけするメガネさんと長髪髭さんと呼び)となごやかにおしゃべりされてました。

第二楽章は弦楽器が柔らかな音色で、自分は復活できるんやあ〜みたいな(笑)
雰囲気で進み、それが第三楽章では「復活できるかって?甘いで〜ひひひ」みたいな困惑?
絶望のような進行でございました。至難また至難、試練につぐ試練みたいな。
幕内の管楽器のはいる構成でこちらはすごく不安になる効果。バンダというらしい。
ティンパニなんか二台もあるんだよ〜。ホールが震え破壊的なエネルギー。
それでも時々弦楽器の優しい音色もきこえるので、がんばって行こう(どこに?)ってなる。

第五楽章のソプラノとメゾソプラノの独唱が突如はいって(神の声とか天使の声?)
クライマックスへといくのですが。圧倒される合唱団とオーケストラの響きでございました。

いろいろと、クラッシクの感想を書くのは難しいと、これ書きながら思う次第です(^^;)
ま、率直にいうと、これって、やっぱり西洋の人間のなせる技とつくづく思う。
日本じゃ、閻魔様(しつこい)ちょっと滑稽な感じかなあ→地獄のソウベイ
(突き詰めていくと人間の精神性は西洋東洋は問わないと思うのですが、
私のような未熟者では、マーラーの精神性には到達できんです。)

もうちょっと、マーラーの背景とか勉強してみたいです(しらんのです)
それと最近、宗教音楽などに興味を持ちはじめてきました(マタイ受難曲とか)
っていうか、昔は合唱付きとか嫌でたまらなかったけど、
(大フィル合唱団とはいわないけど)クワイヤーで歌うって気持ちいいだろうな〜
なんて思うし。多分、特に「神」を意識された音楽って、本当に天と地がつながって
生まれた音楽でしょうし、それに聴衆としてでも参加するだけで、宗教的本質に
触れるような気がしています。

それにしても、「若いけど聖響さんがんばらはったな〜」ってつぶやくと
娘は「いまいちだった〜オケとずれてたで」とかわかったようなわからんような意見。
そうかもしんない。西洋人の魂を体現するのって難しいのだわ。
音楽家の経験ってどんな構造になっているのかしら?と素人コメントです。


今回のパンフレットがね復活についての解説が殆どなくて、調べました。
歌詞はここから。
Was entstanden ist, das mus vergehen. 生まれて来たものは滅びなければならない。
Was fergangen, auferstehn!       滅び去ったものは、よみがえらねばならない。

Hor auf zu beben! Hor auf zu beben!  震えおののくのをやめよ!
Bereite dich! Bereite dichi zu leben.    生きるために汝を用意せよ!

Auferstehn, ja auferstehn, wirst du, よみがえる、そう、汝はよみがえるのだ
mein herz, in einem Nu!        私の心よ、今ただちに!
Was du geschlagen,            汝の高鳴ったその鼓動が
zu Gott wird es dich tragen!      神のもとへ汝を運んでいくだろう!
wikiから引用みたいですね
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by miroku-ai | 2007-10-29 23:56 | プラスα

歌って踊るインコちゃん

バックストリート・ボーイズのEverybodyに合わせて歌って踊るってる〜。
それはなんとオウム(キバタンインコ)とのこと。
とにかくParrot Dancing Part 1 (Snowball the Cockatoo)動画は必見。
*exblogではyou tubeが貼れない(泣)何とかしてほしいものだ。

このオウムちゃんの名前はスノウボール。
保護施設にやってきた11歳のオウムで、
音楽をかけたらバックストリート・ボーイズの曲で踊りだしたそうだ。

一見、よくできたCG?とか着ぐるみをきた人間?と思ってしまうほど
だけど、本当にオウムが曲にあわせて踊って歌っているそうだ。
訓練とかしたわけではなさそうだし。
抜群のリズム感、最高!!!

曲のフィニシュで、トサカ?がバサッって立ってるとこがサイコ〜
「僕って天才!」っていってそう。
何度もリプレイしてしまうわ(^^)/

BSBの2008年の大阪城ホールコンサートが中止になったときいたけど。
なんでなんやろ〜残念。
(いや〜別にチケット買おうとしてたわけでもなんでもないんだけどさ〜)
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by miroku-ai | 2007-10-25 21:59 | プラスα

心・智・体

過日Dr.Dinesh Chauhanのコースの受講者のお一人がお世話してくださった
「英語にストレスをもたない脳をつくる」というセミナーを受講した。

本当に目から鱗が何枚落ちたことか!久しぶりに驚いた。
ホメオパシーや人智学と同じくらいの納得度?でした。

英語セミナーといっても、キネシオロジーという運動科学?に基づいたホリスティック療法
のなかの、ブレインジムのなかのエクササイズみたいなんですが。

私達は沢山のストレスを感じて生きています。
ストレスってなにかというと、「あることにスムーズに対処出来ないでいること」
ではないでしょうか。人によってストレスを感じる「こと」って違うのです。
ある人は“勉強”がストレスであり、ある人は勉強にはストレスを感じないが
“集団行動”にはストレスを感じる。
ある人は“数学”がストレスであり、ある人は数学にはストレスを感じないが
“音楽”にはストレスを感じる。

何故人によって違いが生まれるか?というと、人それぞれの感受性の違いだと思います。
その感受性をもとに生まれてから大きくなる過程で、感受性による経験の違いを
積み重ねて「その人」を作りあげます。

その人の経験がその人の身体の反射をつくるのだと思います。
例えば赤ちゃんは、英語を聞こうが日本語を聞こうが“ストレス”を感じません。
それが教育を受ける過程で、英語を学ぶうちに「駄目」などと否定的なことを言われると
誰でも身体が硬くなります。それが積み重なるとその都度緊張し、戻りにくくなります。
ストレスを感じる→学習力が落ちる→がんばる→でもできない→苦手意識
といった悪循環が続くのでしょう。

私はキネシオロジーってまったく知識がなく受講したのですけど、
これってホメオパシーに似ている、と思いました。
「(本当のよい状態に)戻りたいが戻れない」状態を解放していく、ですよね。

私も英語苦手です。でも、ホメオパシーを学ぶからには絶対英語がわかるほうが
いいに決まっています(日本語訳の本もたくさんできましたし、通訳もあるけどね)
自分で「わかる」ってこと体験したいじゃないですか。

キネシオロジーは身体(筋肉反射)からのアプローチですが
その哲学は東洋哲学をモトにしていると思います。
(似ているが、ホメオパシーより怪しくない?かんじ?かもしれない)

ホメオパシーの哲学はすばらしい、だけどもっと身体へのアプローチを組み合わせること
はできないだろうか?とホメオパシーの学校に入学したときにクラスでいったことがあります。(人智学医療では、ドクターが薬剤師やオイリュトミストや絵画療法士に処方箋を出し
トータルで患者にアプローチするように・・・とはいっても人智学は壮大なんですけど・・・汗)

ホメオパシーとキネシオロジーって組み合わせるとすごいんじゃないか?
なんて思った無謀な私。

患者さんが自分のことをお話されるとき、すごく苦しい時や、これ以上話したくないって
ことってあると思うのです。ホメオパスは無理にそれをこじ開けることはしないですが、
そんなストレスを少しだけ解放してあげられる術、つまりリラックスできるポーズとか
いれてあげたら、セッションのレベルも高まるのでは?とか思うのです。

ま、両方極めるのって、ちょっと今は無理がありますが、
すこしかじってみたい〜とまたもやむらむらしています(笑)

話がそれましたが、英語の勉強に関して私達いろいろ痛めつけられているみたい。
(突き詰めると、痛めつけているのは他でもない自分ですけどね)
講師は「体中にいっぱい矢が刺さっている状態」と表現されていました。
その痛めつけられて硬くしてしまった筋肉をゆるめてあげると、
驚くほど英語に取り組むのが楽になります。本当です。

セミナーの最後に英語の映画を字幕なしで見るのですが、見ている途中ある瞬間に
自分の耳がアナログからデジタルサウンドになったのか、と思うくらいにクリアに英語のセリフがはいってきました。もちろん、英語の単語の発音は聞こえるけど、意味がわからん単語が
いっぱいです(というかほとんど)でも、それでも全体のストーリーはとらえることができて、たとえ意味わからなくてもストレスを感じない、という不思議な体験でした。

ほんとうにうれしかった〜
ま、ストレスを感じないようにする方法は教えてもらったけど、
「ボキャ貧」をなおすのは、これからの自分の努力ですわ。

楽しんで学ぶ。これが何に関しても基本なんです。
「おもい〜こんだーら試練の道を〜」は,あかん〜(巨人の星ファンごめんなさい)
「何が何でも頑張る編」ではある程度までは行くけど、それ以上のびない。
初めは楽しく、リラックスできる状態を会得してそれから楽しく努力(?)する。

別に英語だけじゃないんですね。
あらゆることに応用できそうです。

シュタイナー教育のまず身体・エーテル体をつくる。
そして感情・アストラル体をつくり、思考・自我へと進む。
これを考えるとき、このブレインジムの考え方と共に考えるとよく理解出来ます。

齊藤一人さんもいってます。
「楽しいから成功するんで 成功したから楽しいんじゃないですよ」

もうひとつ、ある一人さん系メルマガ(365日語録)で教えていただいたこと。
「身体で覚えちゃいけないよ」以下抜粋

辛いこと、苦労してる=「身体で覚える」と考えます。

苦労したり、辛いことを経験したら、その後に、幸せがくるというのは違うんです。
身体で覚えて、そのあとにうまくいったとしたら、その間に自分で
「このやり方は間違っている」と気がついてるんですね。

「つらい、苦労」はしちゃだめなんだそうです。してるときにすぐに自分のやり
方が悪いことに気付くべきなんです。自分に絶対に間違いがあると。

昨日より今日、今日より明日絶対によくなるものなんですが、そうなってな
いなら、絶対に自分に間違いがあるんです。

だから、『足と目と耳で学ぼう』ということです。我をすてるということです。

神様からお前、少し身体で学べと言われる前に、経営の本を読むとか、聴くと
かしろということのようです。(一人さんはそうしておられます)

難行苦行でみんな悟れるんなら貧しい国のやつら全員悟っちゃってるよ、
難行苦行では悟れないんだよ。と。


長くなりましたが、「身体でおぼえないようにね★」ってわかっていただけましたか?
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by miroku-ai | 2007-10-05 18:24 | プラスα

お月様

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                         写真はフリー素材Futta.NET

満月はご覧になられましたでしょうか?(27日の午前04時45分が満月だったそうな)

おととい、つまり、25日に 我が家は「お月見」をしたのですが・・・
息子が「母さん、今日は満月ちゃうで」と言うのですが・・・「???」

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by miroku-ai | 2007-09-27 23:46 | プラスα