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美しい日本語?正しい日本語?

小学校の男性校長が学校だよりに不適切な表現/横浜
ちょっと前のニュースですが。
横浜の市立小学校の男性校長(57)が保護者や地域の人たちに配布した
「学校だより」 の表題を大きな文字で「うん子」としちゃって非難囂々みたいです。

以下引用
「はい」という気持ちのよいあいさつが児童から返ってこない現状やあいさつの必要性を説明。その一方で「(児童に)『分かったのかな』と聞くと『うん』。もう腹が立ってきて『うん、じゃなくてはいでしょ』と言うと、やっぱり『うん』。おまえは『うん子』かと怒鳴りたくなるわたしのこの気持ち分かってもらえますでしょうか」と書いてある。
そのほか児童に対して「どついたろかという気持ちになってしまいます」などという不適切な表現もある。この文章に保護者らから「子どもたちがかわいそう」「安心して子どもを任せることはできない」などと批判が相次いでいるという。

あーあ、やっちゃった〜

この校長先生のセンスは嫌いじゃない
      (どっちかというと好きだったりする)・・そやけど・・

そんなギャク?披露と愚痴大会は先生方同志でやっとけ〜
先生、ましてや校長先生は、お手本となるべくヒトなのだから
お笑い芸人のように、笑いをとらんでよろしいで〜
何人の政治家達が、そのホンネをうっかり言っちゃったためにやめたことか。
個人的なポエムだったらよかったのにねえ〜
・・・よくないか。それにしても「うん子」はハイセンスすぎる(笑)

内輪ネタは、大勢の人には伝わらないことが多すぎる。
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by miroku-ai | 2007-10-30 16:40 | プラスα

復活 Auferstehn アウフ・エアシュテーエン

春先でもないのに「復活」。キリストの復活ではなく最後の審判かな?
週末に、マーラーの復活を聴きに行ってきました。
ある方に「行けなくなったので」とチケットが二枚。
ラッキー〜。長女といそいそ行ってきました。おありがとうございます。

指揮は金聖響で「僕は指揮者になるんやー」と決心したきっかけに
なったのが小澤征爾が振っていたこの「復活」だったみたい。

あんましクラッシックは詳しくないけど、キリスト教圏の死生観が良く表れているな
と思いました。(初「復活」です)
第一楽章は自分の人生がこんなふうだったんだ〜ぎょえ〜みたいな感じ(笑)
よく解説で“走馬燈のように”とか表現されていますけど。
私らは閻魔様のまえで“はは〜っ”ってしているイメージ?

だけどね〜、きっとね、人間死んだらすぐに巨大スクリーンのまえで、
縁のあった人と一緒に自分の人生を逆向きに上演されるのをみる(シュタイナー)
っていうイメージがあるので、私的には「ぎょえ〜!」Σ(д゚||)Σ(  ||)Σ(||゚д)Σ(||゚Д゚||)
打楽器とかで「これでもか〜!」的に表現されてまして、コンマスの演奏も
ど派手だったりします。ドラマチックでした。まさに人生いろいろ。

それにしても合唱団の立つぶん舞台がせりだしていて、すっごい前で疲れました〜(娘談)
第1楽章。曲が終わると、指揮者も椅子に座って休憩タイムがおもしろかった。
第1楽章が終わったら休み、という曲みたい(マーラが楽譜にそう書いているらしいぞ)
ということは、やはりエネルギーのいる曲なんですね〜。
聖響さんチェロの主席の二人(娘とひそかなファンの大フィルでいつもお見かけするメガネさんと長髪髭さんと呼び)となごやかにおしゃべりされてました。

第二楽章は弦楽器が柔らかな音色で、自分は復活できるんやあ〜みたいな(笑)
雰囲気で進み、それが第三楽章では「復活できるかって?甘いで〜ひひひ」みたいな困惑?
絶望のような進行でございました。至難また至難、試練につぐ試練みたいな。
幕内の管楽器のはいる構成でこちらはすごく不安になる効果。バンダというらしい。
ティンパニなんか二台もあるんだよ〜。ホールが震え破壊的なエネルギー。
それでも時々弦楽器の優しい音色もきこえるので、がんばって行こう(どこに?)ってなる。

第五楽章のソプラノとメゾソプラノの独唱が突如はいって(神の声とか天使の声?)
クライマックスへといくのですが。圧倒される合唱団とオーケストラの響きでございました。

いろいろと、クラッシクの感想を書くのは難しいと、これ書きながら思う次第です(^^;)
ま、率直にいうと、これって、やっぱり西洋の人間のなせる技とつくづく思う。
日本じゃ、閻魔様(しつこい)ちょっと滑稽な感じかなあ→地獄のソウベイ
(突き詰めていくと人間の精神性は西洋東洋は問わないと思うのですが、
私のような未熟者では、マーラーの精神性には到達できんです。)

もうちょっと、マーラーの背景とか勉強してみたいです(しらんのです)
それと最近、宗教音楽などに興味を持ちはじめてきました(マタイ受難曲とか)
っていうか、昔は合唱付きとか嫌でたまらなかったけど、
(大フィル合唱団とはいわないけど)クワイヤーで歌うって気持ちいいだろうな〜
なんて思うし。多分、特に「神」を意識された音楽って、本当に天と地がつながって
生まれた音楽でしょうし、それに聴衆としてでも参加するだけで、宗教的本質に
触れるような気がしています。

それにしても、「若いけど聖響さんがんばらはったな〜」ってつぶやくと
娘は「いまいちだった〜オケとずれてたで」とかわかったようなわからんような意見。
そうかもしんない。西洋人の魂を体現するのって難しいのだわ。
音楽家の経験ってどんな構造になっているのかしら?と素人コメントです。


今回のパンフレットがね復活についての解説が殆どなくて、調べました。
歌詞はここから。
Was entstanden ist, das mus vergehen. 生まれて来たものは滅びなければならない。
Was fergangen, auferstehn!       滅び去ったものは、よみがえらねばならない。

Hor auf zu beben! Hor auf zu beben!  震えおののくのをやめよ!
Bereite dich! Bereite dichi zu leben.    生きるために汝を用意せよ!

Auferstehn, ja auferstehn, wirst du, よみがえる、そう、汝はよみがえるのだ
mein herz, in einem Nu!        私の心よ、今ただちに!
Was du geschlagen,            汝の高鳴ったその鼓動が
zu Gott wird es dich tragen!      神のもとへ汝を運んでいくだろう!
wikiから引用みたいですね
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by miroku-ai | 2007-10-29 23:56 | プラスα

歌って踊るインコちゃん

バックストリート・ボーイズのEverybodyに合わせて歌って踊るってる〜。
それはなんとオウム(キバタンインコ)とのこと。
とにかくParrot Dancing Part 1 (Snowball the Cockatoo)動画は必見。
*exblogではyou tubeが貼れない(泣)何とかしてほしいものだ。

このオウムちゃんの名前はスノウボール。
保護施設にやってきた11歳のオウムで、
音楽をかけたらバックストリート・ボーイズの曲で踊りだしたそうだ。

一見、よくできたCG?とか着ぐるみをきた人間?と思ってしまうほど
だけど、本当にオウムが曲にあわせて踊って歌っているそうだ。
訓練とかしたわけではなさそうだし。
抜群のリズム感、最高!!!

曲のフィニシュで、トサカ?がバサッって立ってるとこがサイコ〜
「僕って天才!」っていってそう。
何度もリプレイしてしまうわ(^^)/

BSBの2008年の大阪城ホールコンサートが中止になったときいたけど。
なんでなんやろ〜残念。
(いや〜別にチケット買おうとしてたわけでもなんでもないんだけどさ〜)
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by miroku-ai | 2007-10-25 21:59 | プラスα

魂の保護を求めるこどもたち

治療教育の講座にいってきました。その報告の前にすこし。

人智学活動の根幹を支えるところに治療教育があります。
もともとシュタイナー教育というものがあったわけではなく
シュタイナーが若い頃家庭教師をしていた子どもが水頭症の子どもであり
その子どもに最高の教育を考えて実践した、というところが出発だった。

初めてのヴァルドルフ学校も労働者の子弟の為につくられたらしい。
シュタイナー教育は、いわゆる社会の弱者の子ども達がはじまりだったこと
が、注目すべき点です。シュタイナーは全ての人は発展途上で、治療教育が
必要なんだ、といっています(と記憶しています、あいまいでごめんなさい)

    ***     ***     ***

で・・・今日の講座にはいろいろ考えさせられました。
今シュタイナー教育は世界でかなり認知されつつありますが
戦後ドイツで人智学的治療教育を行っていた方がこの基盤を築かれた
ということを聴き、驚くと共に、深く納得したのでした。

シュタイナー教育とは、治療教育とは、といったことではなくそれを行った人間の在り方が、
普通の世の中の人のその根底に流れている「人智学」ってもしかして(?)すごくいいかも
しんない、って思わせた、というか人をうならせたのです。
「人を通してその背景にある本質を認識する」・・・芸術活動といわれるところです。

ハンディーのある子ども達は、誰かに支えて助けてもらわないと生きていけない。
シュタイナーは「精神は病まない」と言います。
これは、「身体(身体)/魂(心)/霊(精神または自我)」の三分説でいう、
霊(精神または自我)はどの人も病気になったり傷つけたりできない、
ただ、現世で生きている限りで言うと、霊を映し出す鏡が魂であるので
魂(つまり心)の領域がなんらかの形で欠損があると
魂が霊をうまく映し出せないということなんです
。(詳しくは神智学等参照)

いわゆる健常者は、自由に自分の魂を表現できる。
何でも言える、何処かに行きたければ行くことが出来る。
しかし、ハンディーのある人は「自由がなんらかの形で抑えつけられている」
だから、誰かが彼らを支え、不自由な彼らのかわりにすること、考えること、それら全てが
「死後神々が行うことを我々がかわりにおこなう」ということとなり、
治療教育に関わることは「神々の仕事に関わること」だそうです。

そうして、「胃痛の時胃について意識する」のとおなじように
「自由の少ない子ども達」と生き、関わることは「意識化」することだそうです。
もちろん「人間」のことです。「霊の目的」つまりは生きる目的です。

こうしてみてみると、治療とは、特別に養護が必要な人ではなく
私達もみんな「支え」と「不自由さの解放」が必要である。そして
そのような人を通して、その人に関わる人はそれを意識し、意識することを
し続けることで、その奧に在る「本質」に気づくことができるってことがわかると思います。

シュタイナーは子どものことを「平等魂」とよんでいたそうです(ほ〜)
私達が成長するにつれて不満、不服がでてきます。
しかし生涯にわたって「平等魂」をもっているのがハンディーを持った子どもだそうです。

    ***     ***     ***

もっといろいろ書きたいのですが、最も私を揺さぶったところを書きました。
拙い文章でうまく伝わっているかしら?(私なりの言葉にしたり、解説をいれましたが)

ちょうど、今週、ハンディを持った子どもさんの親御さんと話す機会があり
厚かましくも、以上のようなメッセージを私自身で感じており、それをお伝えする
機会が今週は二回もありました。なんだか偶然の必然性というのでしょうか。

彼らの家族も本人も大変だなあ、と思うことは、とても方手落ちな見方と思うのです。
「魂の保護を必要とする子ども」を通して、私達はいろんな経験をさせて頂いています。
そして、より深く、人間とはなにか、魂とはなにか、を考えさせられるのです。
いわゆる健常児と関わるよりも、「魂の保護を必要とする子ども」達と
関わっているときのほうが、より強く
「あなた達の魂はなにを表現しているの?生まれてきた目的はなんなの?」
と問いかけている自分に気がつきます。
そして、その事自体が、アントロポゾフィーであると、気づかされるのです。

シュタイナーの洞察の深さにはいつも感嘆するのです。

    ***     ***     ***

関西で、治療教育を実践しようとしている団体がいます。
「ともに生きる Being Together」
活動ははじまったばかりで、まだまだ小さなうねりです。
大きなうねりとなっていきますように。
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今回の講師は、
『宝石と四季のお祭り シュタイナー鉱物論入門』
の著者なんです。石好きなんですって。
(シュタイナーも)
来月から二年間ドイツに行かれるそうです。
キリスト者共同体の司祭をされていますが、
共同体からドイツに赴任指令(笑)
がでたみたいですね〜「転勤」みたいなもんでしょうか(^^;)
どうかお元気で、また日本に帰ってこられたら
パワフルなお話をまたお聞きしたいものです。


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今回参考にされていた書籍はルドルフ シュタイナー 著:高橋 巌 翻訳「治療教育講義」
です。さっそく読んでみようと思ってます。



人智学の観点からの治療教育のおすすめは
トーマス・J・ヴァイス 著:高橋明男 訳
「魂の保護を求める子どもたち」
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by miroku-ai | 2007-10-20 23:50 | シュタイナー

想像力

夕飯の支度の時の出来事です。

次女「おう!白髪ネギ!大好き」
などと言いながらつまみ食い(っていうのも変わっている気もする)
次女「なあなあ、白髪ネギってどこで売ってるん?」
私「えっ・・・!(言葉にならない)」
  へえー知らないんだ・・・・(軽いショックの母)もやしの仲間とか思ってる?
私 「家で作るの!ネギを縦に切ってさらすだけですけど」

そして夕飯。(今日は鰯の葛衣の揚げ物;ネギとレタス添え)
次女「白髪ネギってどうやって作るん?」←まだわかっていない人(^^;)
私「ネギを繊維にそって縦に切って水で曝す」
次女「なんで?ネギって言うても、白いとこってないやんか」
私「だから、青ネギでなくて白ネギで」
次女「???」
私「ネギには二種類あるの。味噌汁とかには青ネギで、鍋とかには白ネギ使うやん」
次女「???」
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そうです、次女は関西人だからかなんなのか知りませんが、
ネギというと「青ネギ」しか思いつかない人でした。
もういいかげん説明にあきたので(^^;)
実物にご登場いただきました。
次女「なーんや」
まったく、百聞は一見にしかずでございます。
次女「鴨が葱を背負ってくるとかいう諺の野菜やろ?」
私「うん(おっ、いいこと知ってるヤン)」
次女「で、その諺はどういう意味なん?」
私「・・・ガクッ(再度絶句)」

現代っ子は、以外なことを知らないなあって、毎日思いますけど
知らないってことの大半は想像力が欠けているのだろうなあ。
無邪気っていうか、ちょっとニヤっとしてしまう出来事でしたが。
私は食べ物に関しては、「これは何だろう?どうやって作るのか」
ばっかり考えてますけど〜(爆)

語彙の貧弱さは、文化知識の脆弱さとちがうやろうか。
意識していても、次世代には伝わらないものがありすぎて、時々オロロ〜ンです。
きっと、昔の若者だった私も両親にそう思われていたのでしょうけれど。
しょうがなくても文化がなくなると、豊かな言葉がなくなるんです・・・涙

とにかく、好奇心と想像力をもった大人になってほしいもんだ。

次女とやりとりしていて、昔のことを思い出しました。

長女が二才くらいの時、なんのご飯にしましょうか、って話をしていました。
長女「ペケのおっかな(お魚)が食べたいナー」
私「ペケのお魚??」
長女「お腹にね〜ペケの模様のある“おっかな”よう」←オサカナと言えない
私「・・・あ!メイタガレイね。くくくっ」(爆笑している母)

そのころの長女のお気に入りはメイタガレイの煮付けでした。
長女の想像では、海にはペケの模様のお魚が泳いでいる、でした。
かっわいい〜
最近はそんなほのぼのな話題はとんとありませんけど、白髪ネギで思い出したのでした。

                         写真は「お魚よもやま情報」d0090637_22211360.jpg

そういえば、最近煮魚してないな〜
明日のおかずにしようかな!
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by miroku-ai | 2007-10-11 22:12 | α食い倒れ

○○○を薄めたらかぐわしきにほひ!?

問題:「牛の糞とバニラ」、「オナラと薔薇」
上の二つの関係ってなんでしょう?

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「イキナリー!」でしょうか。ふふふ。
(バニラアイス写真はflickrバラの写真はwikipedia)

今月初めこんなニュースに笑ろた〜
「笑えるとしか言いようがなく、しかも記憶に残り、人々を考えさせる業績」に贈られる年恒例のイグ・ノーベル賞で、牛の糞からバニラ香料成分を抽出した日本の山本麻由さん(26)が化学賞を受賞した。壇上では、牛の糞から抽出した香料を使った「バニラ」アイスクリームが式に多数参加した本家の「ノーベル賞」受賞者に配られ、教授らは意を決した表情で口に運んでいた

ホメオパシーのレメディーに
Ambr.(AMBRA GRISEA:龍涎香:マッコウクジラの胃腸で生成される結石)
Mosch.(MOSCHUS:麝香:雄の麝香鹿の生殖腺分泌物)というのものがあります。
どちらも動物由来のレメディーです。というか、場所的に“シモ”ですね(*^_^*)
以前レメディー勉強会で調べてくれた仲間がいてユニークなレメディーでした。

トイレに関して恥ずかしさを持つ他、見知らぬ人に困惑するAmbr. さんとか
Mosch.さんはわがままで、注目を得ようとする、たとえば失神したりして(笑)
どちらも「注目」がキーワードなんだな、と思いました。
ま、どちらも「動物レメディー」さんですので、そういう面が強いのです。

今日はレメディーの話はおいといて・・・・
香りの持つ不思議さです。
これら動物レメディーは“香水”の原料として有名です。しかも特に高価でレアもの。

冒頭の:「牛の糞とバニラ」、「オナラと薔薇」
対照的なこの二つの臭いですが、含まれているものに共通の物があります。
それが、インドール、スカトールなどの成分です。
どちらもたんぱく質が分解される時に出る成分ですが、濃度が高いと不快ですが、
不思議な事に濃度が薄くなるとインドールは動物生薬の麝香や、スミレ、
スカトールはジャスミンやジンチョウゲのような臭いに変化するそうです。

ね・・・不思議ではないですか?
麝香もフェロモンの一種といわれているみたいですし、
龍涎香は鯨の結石?糞?が海で日光に曝され熟成したら上物だそうで
バニラ(蘭の仲間)も熟成させてはじめてあの香りになるそうですよ。
蘭ってセクシーでしょ?というか、花はそれ自体が生殖器ですね。

動物界っておもしろーい(植物の生殖はもっと微細かも)
うちの犬ハリーも散歩の時、道ばたのオシッコ目の色かえて舐めてるし(かんべんして〜)
動物ってお尻の臭いでコミュニケーションしますよね。
オス犬は1km以内に発情したメスがいると、「気が狂いそう」らしい(笑)
人間には通常感知出来ないこと、ポテンタイズされている、つまりは
薄めて活性されたもののによって世界は動いていますよね。

ホメオパシーの学校の先生が
「薄めると薬に、濃いと毒になる。薬と毒の定義ですが、
厳密に言うと薬と毒には区別はありません。水も多すぎると毒になります」

って「チャングムの誓い」を鑑賞した授業でもおっしゃってましたが
(チャングムが先生から薬と毒について聞かれて答えるシーン)
ほんとそうだな〜、薬だけでなく、物質としては濃くても、薄めると媚薬になるけど
そのものは、強烈に臭い“ブツ”。媚薬の原物質は、“毒”にもなるのだ。

人間も、そんな野生を失いつつあるけど、本当は、ホメオパシー的に世界をみると
「媚薬レベル」になったエネルギーに常に翻弄されているのとおもいませんか?

昔、本田美奈子がアイドルだった頃、たしか『明星』かなにかに(歳が・・・)
「美奈子のうんちはいいニオイなの。バラの香りなの」って言っていて
私は「このホラ吹きめが!!!」と、友達とけなした記憶がありますが
今思えば、あながちウソじゃないとわかりました。天国の美奈子様ごめんね。

薄めれば薄めるほどイイ!
・・・・すごい発見ですよね〜

追伸です。
牛糞バ二リン生成について真面目な報告はこちらにありました。
イグ ノーベル賞って調べると、面白い賞ですが、受賞した当事者としては、
あまりうれしくなさそう。だってね〜ベンベニストも受賞しているわ。しかも二回も。
くわしくはwikipediaを読んでみてね。
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by miroku-ai | 2007-10-10 23:37 | ホメオパシー

心・智・体

過日Dr.Dinesh Chauhanのコースの受講者のお一人がお世話してくださった
「英語にストレスをもたない脳をつくる」というセミナーを受講した。

本当に目から鱗が何枚落ちたことか!久しぶりに驚いた。
ホメオパシーや人智学と同じくらいの納得度?でした。

英語セミナーといっても、キネシオロジーという運動科学?に基づいたホリスティック療法
のなかの、ブレインジムのなかのエクササイズみたいなんですが。

私達は沢山のストレスを感じて生きています。
ストレスってなにかというと、「あることにスムーズに対処出来ないでいること」
ではないでしょうか。人によってストレスを感じる「こと」って違うのです。
ある人は“勉強”がストレスであり、ある人は勉強にはストレスを感じないが
“集団行動”にはストレスを感じる。
ある人は“数学”がストレスであり、ある人は数学にはストレスを感じないが
“音楽”にはストレスを感じる。

何故人によって違いが生まれるか?というと、人それぞれの感受性の違いだと思います。
その感受性をもとに生まれてから大きくなる過程で、感受性による経験の違いを
積み重ねて「その人」を作りあげます。

その人の経験がその人の身体の反射をつくるのだと思います。
例えば赤ちゃんは、英語を聞こうが日本語を聞こうが“ストレス”を感じません。
それが教育を受ける過程で、英語を学ぶうちに「駄目」などと否定的なことを言われると
誰でも身体が硬くなります。それが積み重なるとその都度緊張し、戻りにくくなります。
ストレスを感じる→学習力が落ちる→がんばる→でもできない→苦手意識
といった悪循環が続くのでしょう。

私はキネシオロジーってまったく知識がなく受講したのですけど、
これってホメオパシーに似ている、と思いました。
「(本当のよい状態に)戻りたいが戻れない」状態を解放していく、ですよね。

私も英語苦手です。でも、ホメオパシーを学ぶからには絶対英語がわかるほうが
いいに決まっています(日本語訳の本もたくさんできましたし、通訳もあるけどね)
自分で「わかる」ってこと体験したいじゃないですか。

キネシオロジーは身体(筋肉反射)からのアプローチですが
その哲学は東洋哲学をモトにしていると思います。
(似ているが、ホメオパシーより怪しくない?かんじ?かもしれない)

ホメオパシーの哲学はすばらしい、だけどもっと身体へのアプローチを組み合わせること
はできないだろうか?とホメオパシーの学校に入学したときにクラスでいったことがあります。(人智学医療では、ドクターが薬剤師やオイリュトミストや絵画療法士に処方箋を出し
トータルで患者にアプローチするように・・・とはいっても人智学は壮大なんですけど・・・汗)

ホメオパシーとキネシオロジーって組み合わせるとすごいんじゃないか?
なんて思った無謀な私。

患者さんが自分のことをお話されるとき、すごく苦しい時や、これ以上話したくないって
ことってあると思うのです。ホメオパスは無理にそれをこじ開けることはしないですが、
そんなストレスを少しだけ解放してあげられる術、つまりリラックスできるポーズとか
いれてあげたら、セッションのレベルも高まるのでは?とか思うのです。

ま、両方極めるのって、ちょっと今は無理がありますが、
すこしかじってみたい〜とまたもやむらむらしています(笑)

話がそれましたが、英語の勉強に関して私達いろいろ痛めつけられているみたい。
(突き詰めると、痛めつけているのは他でもない自分ですけどね)
講師は「体中にいっぱい矢が刺さっている状態」と表現されていました。
その痛めつけられて硬くしてしまった筋肉をゆるめてあげると、
驚くほど英語に取り組むのが楽になります。本当です。

セミナーの最後に英語の映画を字幕なしで見るのですが、見ている途中ある瞬間に
自分の耳がアナログからデジタルサウンドになったのか、と思うくらいにクリアに英語のセリフがはいってきました。もちろん、英語の単語の発音は聞こえるけど、意味がわからん単語が
いっぱいです(というかほとんど)でも、それでも全体のストーリーはとらえることができて、たとえ意味わからなくてもストレスを感じない、という不思議な体験でした。

ほんとうにうれしかった〜
ま、ストレスを感じないようにする方法は教えてもらったけど、
「ボキャ貧」をなおすのは、これからの自分の努力ですわ。

楽しんで学ぶ。これが何に関しても基本なんです。
「おもい〜こんだーら試練の道を〜」は,あかん〜(巨人の星ファンごめんなさい)
「何が何でも頑張る編」ではある程度までは行くけど、それ以上のびない。
初めは楽しく、リラックスできる状態を会得してそれから楽しく努力(?)する。

別に英語だけじゃないんですね。
あらゆることに応用できそうです。

シュタイナー教育のまず身体・エーテル体をつくる。
そして感情・アストラル体をつくり、思考・自我へと進む。
これを考えるとき、このブレインジムの考え方と共に考えるとよく理解出来ます。

齊藤一人さんもいってます。
「楽しいから成功するんで 成功したから楽しいんじゃないですよ」

もうひとつ、ある一人さん系メルマガ(365日語録)で教えていただいたこと。
「身体で覚えちゃいけないよ」以下抜粋

辛いこと、苦労してる=「身体で覚える」と考えます。

苦労したり、辛いことを経験したら、その後に、幸せがくるというのは違うんです。
身体で覚えて、そのあとにうまくいったとしたら、その間に自分で
「このやり方は間違っている」と気がついてるんですね。

「つらい、苦労」はしちゃだめなんだそうです。してるときにすぐに自分のやり
方が悪いことに気付くべきなんです。自分に絶対に間違いがあると。

昨日より今日、今日より明日絶対によくなるものなんですが、そうなってな
いなら、絶対に自分に間違いがあるんです。

だから、『足と目と耳で学ぼう』ということです。我をすてるということです。

神様からお前、少し身体で学べと言われる前に、経営の本を読むとか、聴くと
かしろということのようです。(一人さんはそうしておられます)

難行苦行でみんな悟れるんなら貧しい国のやつら全員悟っちゃってるよ、
難行苦行では悟れないんだよ。と。


長くなりましたが、「身体でおぼえないようにね★」ってわかっていただけましたか?
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by miroku-ai | 2007-10-05 18:24 | プラスα

ホメオパシー寺子屋@京都

早々と10月。今年も残り少なくなったぞ、と少し哀し〜(笑)
数秘術によると2007年10月は 「1:発展・スタート」の月に当っているみたいです。
(2007年10月の数字を順番に足し一の位になるまで足す:2+7+10=19=1)
世の中も郵便局を始め新たな流れが起こっています。
今日から世界の流れが変わりますよ〜見えない世界では、新年のようかもしれません。

今日ご紹介するのは、そんな月にふさわしいイチオシ情報です。

私のホメオパスであり、恩師である荻野哲也氏が、
京都で、ホメオパシーの学校を創立されました(今日から始動ですって)
クラシカルホメオパシー京都
とても柔らかく、親しみやすいHPになっていて、
堅苦しくなく、荻野氏のお人柄がにじみ出ています。
(奥様とともに手作りで創られた学校ですので、ご夫婦のエネルギーかもしれませんが)

日本ではまだ、ホメオパシーはメジャーではありませんが
世界中で、ホメオパシーのコンセプト?をめぐって複雑な模様になっている気がするのは
私だけではないと思います。ましてや、ホメオパシーに懐疑的なものも含めると、
“カオス”のように感じます。

しかし、ホメオパシーはとてもシンプルなものだと最近確信しました。
当たり前ですが、ハーネマン自身はホメオパシーに関してシンプルだった。
それ以降に受け継いだものが、混乱して、複雑なものにしてしまった。
「ハーネマン」のスピリットをありのまま受け取り、伝えたい。と強く思います。

ホメオパシーの世界から見据えていこうとしているもの、それは、
ミクロコスモスの人間であり、マクロコスモスの宇宙の両宇宙です。

パラケルススがこう言っています。
「ミクロコスモスたる人間は天と地の収束点、世界の中心核である。円周が中心に依存するように、世界は人間に依存している。人間の能力は広大無辺だ。人間には宇宙の半分しか見えないが、残りの半分においても、人間は秘密(アルカナ)に参入することによって知ることが出来る。ミクロコスモスの人間の魂が肉体によって表現されるのと同様に、マクロコスモスたる世界は「世界魂」が、世界によって顕現している。それゆえに、そのしるしを認識し、偉大なる「自然という本」、「世界の書」の文字を読み取ることによって、それは成されると言う」


あら・・・また話がそれましたが。
ハーネマン魂(笑)を素直に、楽しく、学びたいと思われる方は、是非京都の
新しい学校(のHP)に遊びにいってみてくださいね。
学校というより、寺子屋のような雰囲気でやりたいって随分前から
構想を練られていました。

ホメオパシーの発展とともに、新しい学校の発展を超超〜祈っています。

さあ〜私もがんばろ〜、OH!

追伸:
さすが モトお笑い芸人ホメオパスです。
「よく分かるホメオパシー」の鴨川さんのプロフに“心は女子高生のように純粋”って・・・
ぷぷぷ。鴨川、東山コンビの会話にもしつこく出てくる女子高校生。
これだけは、ご勘弁を〜(笑)そんで冷静でイケメンの東山くんて・・・あ〜妄想が・・・
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by miroku-ai | 2007-10-01 23:59 | ホメオパシー