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プレゼント

お久しぶりです、ねいろです。
12月1日に投稿して一ヶ月半以上も更新してませんでした。
それでも、毎日当ブログをのぞきに来てくださっていた皆様ありがとうございます。

実は我が家のわんこのハリーの病気が進み、すごく落ち込んでいました。
なぜかわからないけれど、ホメオパシーや人智学からも離れていたくて
読書もPCも開かず、年末年始は大掃除をして、という普通の健全な(?)生活
をしていました。(引きこもりともいいます(^^;))

かなり落ちこみから浮き上がってきたのですが、
今思えば、ホメオパシーや人智学や読書やネット検索から
遠ざかりたかったのだとわかりました。
「自分を見つめること」を避けたかったみたいです。

なぜペットの病気が?とお思いになるかもしれませんね。
それは、自分をずっと責め続けていたからです。
「もっとはやく気がついていたら」
「もしかしたら、こうしていたらもっと病気の進行が遅くなったのかも」
極めつけが、「うちに来る前にもっと健康管理していてくれていたら」
と他人をも責めていたのでした。

自分であろうと他人であろうと「何かを責めること」は辛いことでした。
これって、究極の利己主義らしいですワ(笑)

つまりはですね〜現状を受け入れていないっちゅうことでした。
慢性腎不全というものに挑もうとしていたのか?
ホメオパシーやら、食事療法やら、なにかしたら、長生できるかも
しれないって思い必死にしてたんですね〜
ほぼ毎日点滴に通ったりもしましたが、12月頃から悪くなる一方で
今はもうほとんど寝たきりになっています。

その姿をみて、泣いていましたが
友人から「あなたの(ねいろ)と家族の選択が最良の選択だと思う。
気持ちはわんちゃんに十分通じてるはずだから。」というメッセージをもらい
やっと目が覚めたんだと思います。

そうだ、やることはやったし、お別れすることを受けいれよう。

別の人とも「動物は病気になっても人間のようにじたばたしないね」
と話していました。そう、人間だけが「死」を受け入れていなんだよね〜

毎日楽しみにしている産経新聞の夕焼けエッセイの月刊賞になったエッセーを
再び読んでしみじみそうだな〜と思いました。
そのエッセーはココ

このエッセーの作者は牧師さんなんですけど月刊賞受賞のコメントでは
「死産した孫娘のことは神様からの涙のプレゼント」だとおっしゃってました。
幸せなことも神様からのプレゼントだし、辛く悲しいこともそうなんだと。
この牧師さんのお話をきいてみたいと思いました・・・

いいプレゼントも悪いプレゼントも本当はないのに、いただく人間が
勝手に「分別」してしまうのですね・・・

今は、ハリーとの出会いに、ただただ感謝しています。
限られた時間を大切に、ハリーと家族と過ごそうと思います。
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by miroku-ai | 2008-01-21 20:24 | αわんこ

数学の「美しさ」と「問い」

二学期になって、娘の中学に授業参観にいった。授業が数学だった。

数学の先生がかわり、この先生はいいんだと娘は言う。
参観させていただいたら、ほんとうにそうだった。
生徒にわかりやすく説明するポイントをおさえていらっしゃる。

無駄がない・・・というのか。ポイントを押さえているというのか。
ほれぼれした授業だった。

内容は、証明。この単元は、ワクワクします〜♪
私が、中学の時は、この単元は嫌いじゃなかった。
だけど、どういうふうに筋道をたてていったらいいいかわかならかった記憶がある。

その先生の説明は真新しいモノはない。
だけど、この仮説が正しいとするのには、どんなものをもってきたらよいのか
そして、どんな定理を使うのか、それだけだった。
仮説と定理と結論。なんて美しいと思った。

なんで、私は十代の時、この美しさに気がつかなかったのか。
思考が可能になる年代、子ども達には最高のエクササイズ。

数学を愛しているものしか、その世界は案内できないだろう。
先生と子どもの出会い、よい先生との出会い、これほど幸福なことはない。

この前、夕飯の時、娘がぽつり。
なんで円の一周の角度は360度なのか?
うーん。家族でいきついた結論は、「360度って便利そうって思ったからそうなった。」
でも、娘は「なんで?500度とかでもいいのになんで、360度なのか?」
と納得してくれない。便宜上そうなったのだと、夫と私がいうけど、納得いかない娘。

インターネットってこういうとき便利。
ウィキの角度のページをみたら、ははーんなるほどっておもうでしょう?

古代、そうエジプト?バビロニア?メソパタミア?文明で、
太陽のまわりを一周する地球の一日を一度としたんですね。
60進法とヤツです。一年360日としたから、360度としたんです。
2,3,4,5,6の何でも割り切れるということです。
10までの数なら7だけ割り切れないのね。
9、10、15、18、30、45でも割り切れる。わあ〜。約数かあ。

次女の素直な疑問。すごく素敵な視点だ。
これはこういうもの、決まっているもの、ということでない。
この視点から、(ファンタジーの世界に)遊べるよね。

娘が日時計を体験したことがあったから、なるほど〜と一同。

180度の線がはじめからあるわけでない。
90度の直角なんてのも、本来はないはず。わかりやすく、便宜上定理として決めた。
本当は世界には、直線とか、点とかってないよね。存在できなよね。
世界は混沌としているように思えるけど、夢見がちなだけでは始まらない。

観念を発展させていくこと、それはその人の世界観を広げる。
混沌のなかに秩序が生まれる。

世の中は、仮説だらけ。
でも、たしかに定理はある。秩序が生まれる時と空間がある。


まだまだ母もわからないことだらけだけど、娘よ、あなたの問いに
わくわくさせてもらったよ。ちょっぴり、数学者になれた気分。
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by miroku-ai | 2007-12-01 23:29 | プラスα

KYてやだ

あなたはKY? 空気読み力テストをやってみた | Excite エキサイト

空気読み力テストはここでできます。
脳内メーカーだっけ?KYテスト自体はある意味それよりまともなテストでした。
でもお遊びの「成分判断テスト」のほうが好きやわ〜


なんかKYって流行っているけど、今言われているKYってなんかいやだす。
なにがって、いやなんだす。
だって・・・その場の空気よめない人を排除するような空気がただようやん。

そこまで空気よんで順応しないといけないのかな?
    *前総理とか・・・はちょっと痛いかも。でもちょっと可哀想。

空気よめていない時、お互い辛かったりするけど
読めすぎているのもなんだかねえ。多いもの勝ち、みたくヤダス。

空気よめすぎる時も辛い。いっそ鈍感なほうがいいときもある。
けど、いちばん辛く、やな時は、誰かが勝手にその場の空気ってものを
創り上げるorでっちあげて、そうじゃない人をイケズする時がヤダス。

ま、ね、真剣にとらないで、みんなでやってみたら楽しいですぞ。

因みにあたしは、綺麗な五角形ではなくいびつ型。
結果は、55点でAだ。
(こんなあたしでもAか?一般人としてやっていけるレベルらしい)

TPO力が極端に低かった。ばっふぉーん。
大声はやめよう・・・
変な格好で現れる人だったりするのかしら♪
シリアスな場面で笑いたくなる時あるしなあ〜
自分じゃわからないもんだ。あ。それがKYか。
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by miroku-ai | 2007-11-22 19:57 | プラスα

息子よ!

先日の「母よ!」に続く第二弾「息子よ!」でお送り致します。

ー息子よ!本格的な風邪かよ?編ー
最近息子が風邪ひいた♪(ゴンベさんの赤ちゃんが風邪ひいた風)
彼は、丈夫な我が家のなかでも抜群に丈夫な男子だ。
幼稚園は皆勤だし、殆ど小学校もそう。噂ではおバカではないかという話もある(^^;)

このあいだ、珍しくしっかり風邪をひいた。いつも、鼻風邪程度で、レメディー飲んだら
あっさり治ってしまうのだが、今回は長引いたかな。
いつもFerram Phosとかを飲むと「あ、治った」というお手軽な息子なんだけど
今回は、ぐずぐずしてたかも。でも治っていなかったようで、一週間後、
急に悪寒、その後高熱が出て、一日半、起きてこないでひたすら寝ていたわ。
(ポイントは、休日に具合が悪くなり、学校は休まないでいけるところがすごいっす)
こんこんと眠る彼に家族みんなで、驚き〜(小児感染症でもピンピンしていた息子なので)
死んでないだろうか?と家族がのぞきにいく始末。

眠り王子様は、眠りから覚めると、すっきりと「治ったわ」だって。
恐るべし、息子の生命力。

ー息子よ!レメディー編ー
ちょっと風邪をひくと、すぐレメディーを飲みたがる。(風邪ともいえない段階)
家族で一番レメディーを(無駄に・やたらと)消費するヤツ。

「母さん〜僕風邪っぽい、咳出るしレメディーちょうだい」
いつもレメディーを慎重に選んでやるのだが、
その日は、朝弁当を作っている時で、後にして〜と言っていた。

私も一段落して、「どこがどうしんどいの?」と聞くと
「あ、もう飲んだわ」という。「え〜!!!何飲んだん???」と聞くと
「棚の一番手前にあったやつ、適当に飲んどいたわ」
な・・・なぬ?テキトー???!!!
あわてて洗面所にいって、一番手前にあるレメディーを確認したら
Symphytun(シンファイタム)やんか!
  *別名:骨接ぎのレメディー/骨折時にArn.(アルニカ)Calc-p.(カルクフォス)
  と共に活躍する救急時に心強いレメディー
ううう・・・息子よ!これは風邪でも、君にマッチしているレメディーでもなさそう。
適当に飲むな!!!テキトーに!!!しかし、それで「治ったわ、あのレメディーで」
っていう息子。これは、ホメオパシーにおけるプラセボー効果か?それはそれで複雑な気分。

ー息子よ!まったり編ー
今朝、朝起きたとき(まだ一緒にねている)の布団のなかでの一言。
「ねえ、お母さん〜耳が聞こえない人の夢はね、音がないのかな?
目が見えない人の夢は僕らが見てるようなものが見えてない夢なんかな?」
って聞いてきた。ほんまやねえ。そんなこと考えたことなかった。

そんときに私が答えたのは・・・
私らが、いつも見ている夢は、夢見ている時にほんまに(実生活で)聞こえているように
聞こえてるんやろうか?
ちょっと違う気がするねんなあ〜
そういうことでいうと、夢を見るっていうけど、ほんまに見ているのかな?
だってさあ、夢を見ているときって、目を閉じているやん?
だけど、夢って見えるんだよねえ〜聞こえるんだね
・・・不思議だねえ、息子よ!君はどう思う?
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by miroku-ai | 2007-11-18 23:30 | プラスα

学校はまちがってもいいところ

息子(11歳)が夕食後算数の宿題をしていた。
わからないところをみてやる。なんだか今日は気分良くみてやれたんだよね。
それは、しろくまさんのブログを読んで私がとても安心したからかもね。
(時々、ガミガミババアに変身するのだ〜爆)

最近糸山氏のようなよく考えている教育者が増えているなと思う。
齊藤孝さんとか。AERAとかの教育雑誌もでてますね(全部いいかどうかは別として)
詰め込み教育のいかんところは親世代もよくわかっているはず。
でも、どうしたらいいかよくわからない→○○式とか塾にたよっちゃう。

そうじゃないんだよな〜
大人の役目は、その子が大人になって、自分の意志でしっかりたって
自分で考えて、行動できるように環境を整えてやることなんだよね。
そして、そのためには、子どもの成長のしくみ(段階)をしらないといけない。
そのことをよくわかっている人は、シュタイナーさんだったりする。
ここで間違ってはいけないのは、シュタイナー教育にたよることじゃないのだ。

シュタイナーをしらなくても、人間のことをよくわかっているひとは
上手に子どもを導くことができるのだ。
だから、そういう人が表した教育はシュタイナー教育に似ているのはごくあたりまえ。

こんなふうにすっきり理解できたのは、ぼちぼちと、だったわけでして。
初めは、それこそシュタイナー教育にしても形ばっかりのお母さんだったと思う。
だから、子ども達には迷惑をかけてきたはず。
最近はそんな自分も赦せるようになったかな・・・・

いろんな焦りはあってもしかたない。
まずは、子どもを信じること。私を信じること。
私が子どもにしてやれることは、環境を整えてやること。
親も子どもにとっては環境のひとつにしかすぎない(率としては大きいけど)

それから瞑想・・・・それは祈り。
「私の子どもがこうなりますように」ではなく、
私の子どもがこうなりたいと想い描くことが叶いますように

子どもは、親をはじめ肉親から、教師から、社会から、劣等感を
すりこまれちゃう。だって、育てる側に劣等感がてんこもりだからね。
それをいかに肯定し、信じることに転換するかである。
だって子どもはマネをするんだもの。口先だけでは見破られ、負の連鎖が続く。

計算が早くできるのがいい。たくさん知識があるといい。
そうやって、大人は子どもをせかせて、準備の出来ていない子どもに知的早産させる。
結局大人が、自分で考える楽しみを奪ってしまうのだ。

息子は算数が苦手だという。
だけど、それは反復の量が少ないだけで、時期もまだ熟していないだけ。
私が説明すると、特に絵を描いてあげたりすると、わかる。
「あんたバカちゃうんねんで〜」と何度もいってやる。

宿題、まちがっていってもいいんだよ。
学校にいってる間は、間違っていいんだからさ。
  じゃあ、お母さん、しゃ・・・社会にでたら?(はじめて彼から社会って言葉がでた)
そうね、大人になっても間違っちゃいけない、ってわけじゃないよ。
間違ったってわかったら、間違いを改めたらいいんだよ。
  ふうん・・・

困ったら、解決できるように、それから考えるといい。
ほんとうに「わかる」ってことが経験できるといいね。
今は考える道筋をつける練習をしている、そしてたくさん遊ぶ、それくらいだよ。

遊ぶ・・・たくさんのファンタジー、イメージのなかで。
そう、このまえ、クスッってわらうことがあったな。

私が彼になにかの説明(忘れた・・・がーん)をしていて、
「だからね、このなかの小人さんがね・・・」といいかけたら
「なんでいっつも小人さんとか天使さんとかなん!」と息子(ちょっと苦しそうに)
あ、そうか。もう外からの(大人からの)そんな世界がいらない時期がきたんだ。
末っ子だから、私自身が感傷的になるのかとおもってたけど、案外さっぱり。
小人とか天使さんの出てくるお話からすこし変えていこうか、と心でつぶやく私。

それと今日夕飯時に息子が「ナマズが地震を起こすって言われてたん?」と聞いてきた。
「昔の日本では地面の下に大ナマズがいて、それが動くと地震になるって言われていた」
と答えると、「ほんまにそんなん いてへんやろ?」と聞く。
私が「昔の人はそう信じてはったんよ」、いつものようにまじめに答えると、
14歳の姉が「天照大神とかって、旧約聖書のアダムとイブのようなもんやし、
昔ってそういうことやで」と言った。証拠が・・・とか息子が言いかけていたけど、
姉のそんな話がかぶさってそれ以上息子は聞かなかった。

このやりとりをきいて、彼らは確実に自分の物語をもっているんだって思った。
反抗期の次女と、夢見ごごちの(時期が長かった)長男。
その二人の立場が少し変化した一瞬だった。
これからも、我が家の3人姉弟のそれぞれの物語は変化していくだろう。
今日のように、誰かが引っ込めば、誰かが出る、っていうふうに紡いでいってほしいな。
すごい喧嘩するけど姉弟ってなかなかいいもんやんか。

姉弟の会話というと、去年のクリスマスの日のもう一つ上の姉と弟の会話
ルビコン川をのんびり渡っている息子の今年のサンタさんはどうなることやら。
楽しみだ〜ひゃ〜


あれ・・・また話がどこかにいってしまいましたけど。
悩みが多い子育てだったりするけど、今日みたいな小春日和にささえられているな。
御縁のあるすべての存在と、子ども達、家族に感謝。
今日も最後までおつきあいありがとうございました。
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by miroku-ai | 2007-11-12 23:35 | プラスα

12人の怒れる男

一番好きな映画は何ですか?
人生で始めて感動した映画を覚えていますか?

私は、両方ともオリジナルの「12人の怒れる男(1957年)」と答える。
モノクロのヘンリーフォンダの出ていたのほう。
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これを観たのは確か12歳くらいの時。
NHKがやっていたのを父と観たのを鮮明に覚えている。
父が勧めたのか、偶然観たのかは記憶にないが、
感動を夢中で父に語り、父が満足そうにうなずいていたことを覚えている。

今日は子どもとリメイク版「12人の怒れる男ー評決の行方(1997年)」を観た。
ヘンリーフォンダの役をジャック・レモンが演じている。

たぶん、どの人がみてもいい映画という映画だろう。
この映画には民主主義とはなにか、多数決主義の危うさ、
疑わしきは罰せずということなど、たくさんのテーマがある。

もちろん、日本にも陪審員制度が導入されるので、その点からも観ておくべき
かも知れないが、それよりなによりこの映画の精神性の高さに酔いしれた。

12人の陪審員が一人のスラム街出身の少年の父親殺しの容疑について
有罪か無罪かを一室でひたすら議論し続ける作品。
誰がみても有罪である、という法廷のシーンからはじまる。
11人の有罪評、そして一人異をとなえるジャックレモン演ずる建築家。
建築家は、少年が無罪であると言っているのではない。
有罪とするには、なにか腑に落ちないと言っているのである。
腑に落ちない・・・身体のどこかに違和感を覚えるってことじゃないか。

私達は、マスメディアをはじめ、社会がら発せられる「正しい説明」
に麻痺しながら生活している。つまり、自分で考えているようでいて、
まったく考えていないってことが多いものだ。

11人の陪審員のなかには「正義」をふりまわす人が何人かいる。
しかし、正義か悪かというものを対決させる作品ではない。

陪審員一人一人のなかにある『偏見』と己のたたかいを描いているのだ。
リメイク版はオリジナルでいなかった黒人が二人、イスラム系アメリカ人が加えられている。
見ず知らず同志で対話するうちに、苦渋しながら個々にもっている己の偏見に気づく。

圧巻は、有罪を主張して最後一人になった男がブレイクダウンするシーン。
厳しく育てたが、去っていった自分の息子と被告の少年とを重ねていたのだ。
物事に自分と自分の問題を投影してしまう・・・この感情的で強圧的な男性のありかたは
まさに自分の勝手な色眼鏡で世界をみている私達のありかたそのものだ。
  *名悪役ジョージ・C・スコット にぐっとくるねえ〜

外から促されて主張を覆すのではなく、自らの偏見を認め意見をかえていく。
陪審員全員が、自分の意見(評決)が自らの偏見が原因となっていることに気付く。
他者によって自分に目覚める瞬間。苦しく、痛い作業なのに、なんと清々しいのか。

ロジックとレトリックは西洋文化の醍醐味だよね(ひがみではない)。
日本語吹き替え版ビデオだったから、英語版も観てみたいな。
日本のディベートは感情論に始終しているし、思考の訓練に
是非西洋のロジックとレトリックは学ぶべきだと感じた。

話をもどそう。上の子は前に日本版もみたらしいし(おもしろおかしくつくってあるそうだ)
もちろん今回の映画も楽しめていただろうが、始まってすぐに11歳の息子は、
「もしかして一つの部屋しか出てこない?この叔父さん達だけしか出てこないの?
おもしろくなさそう」と言っていたのに、途中から「おもしろい!!!」。
(今時の映画と違うテイスト初体験)

「すごいね、だって1人対11人で戦いはじめたおじさんかっこいい。
それでも意見をかえないのが、すごい。そして11人皆をかえるってすごい」
と興奮していた。息子の「すごい」は、善きものにむかう姿勢に共感したのだろう。
人間の意志の力、勇気とはなんだろう、と考えるよい題材になったのではないか。

作品のなかのクローズアップされるところは人によってちがう。
不思議なのは12歳の私が感じていたことが、
大人になった今もあまり違わないことである。ふうむ・・・

実際、私と同じくらい年齢でこの作品をみた息子がどう考えているか
は本人にしかわからない。その時の自分がどう受け取ったか、
を大人になって再度鑑賞し、認識し直す作業は楽しい。
うちの子ども達自身が、どんなふうに変容させていくかも楽しみだ。
名画を、クラッシックムービーを子どもと観る・・・いいぞ、これ。
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by miroku-ai | 2007-11-10 23:50

母よ・・・!

夕飯時に母から電話。
「忙しい?大丈夫?あのね〜
○○さんが(義妹)吐き気がして、だるくて風邪みたい。何飲めばいい?」

キター。母君のホメオパシー相談室。「で、どんな様子?」と聞く。
「とにかくだるくてへたばっているみたい。
吐いてしまいそうって言ってたわ、あ、今週はね、○○(孫)も下痢して幼稚園休んで、
○○も鼻水出てて○○(0歳)も今日は朝から泣き叫んでいてね、風邪みたい」

吐き気とかだるいとかじゃなくて、もっと今の状況を伝えてくれないと
レメディー選ぶにも選べないし、家族の症状もあわせて報告もしてくれるけど
これじゃあ、町医者さんで話す内容でしょ、
と言うと「えーだって わかんない」ってすねる。
そりゃ、そうだねえ・・・と無言になる私。

私の両親はホメオパシーには寛大である。
勧めるものは、ホイホイ?素直に飲んでくれる。
母や父が調子悪いときは電話で本人と直接に話ができるので
なんとか聞き出せるのだが、いつも困るのは母の知り合いとか親族。

「一般的な症状ではなく、特徴的な症状を言ってくれた方が助かる」
と言って、言って、言い続けて、5年は経ちましたか。100回以上は言っている。
だけど、毎回、「あら〜!ほんと?そんな難しいことわかなんいわ」とアッケラカン。
ホメオパシーの家族への投与は難しいというが、
また別の意味で私の母は難易度NO1クライアントである。

でも、救いは、お嫁さんの調子悪くなると初期状態で連絡がはいること。
 *まだ乳幼児の子育てで大変なのだ。
そう、軽い風邪や怪我など急性疾患であると、レメディーも効きやすいからね。

この日も「吐き気があるときは、吐いたらいいの。熱があるときは熱をだす。
お腹が痛い時は、下痢をして治ることが多いからね。ある程度排出して、
ぐったりしていない限り、レメディー飲まなくても大丈夫なことも多いからね。
頑張っている身体を応援してあげる。症状を抑えこむのじゃなくてね・・・
ある程度症状が出たら、身体は自然とよい方向に向かうもんでしょ」と説明。

いつからか、どんな風に痛いのか、どのように不快なのか。
どうしたら良くなるのか、どうしたら悪くなるのか。
いつ悪くなるのか。朝なのか昼なのか夜なのか?時間は?
なにか食べたいもの飲みたいものがあるか。
喉は渇くか 渇かないか。
暑いか 寒いか。
症状が出る前に変化(心身、出来事等)はなかったか。

上に挙げたものぐらいが聞き出せたら、レメディー選びはグッと楽になる。
(母に今度、レメディー選びのヒントとかいって、レターでも渡しておこうかしら)

レメディーを飲むことが重大じゃないのよ、と言う娘のアドヴァイスを知ってか知らいでか
「ふうん。で、ねえ〜なにを飲ませたらいいかしら〜♪」・・・あのね〜☆

しょうがなく、吐き気が継続的に続くという点だけで(汗)Ipecac飲んでみたら?
(他の吐き気のレメディーを思いうかべて、消去法の結果)
と言うと「あ、そうそう、○○も(私の弟)風邪みたいでさ、だるくてって言ってるの、
何飲ませよう?」どうやって選べッちゅうねん。
私が弟に電話よこしてっていっても、たぶんしないと思うわと言うから
しかたなく・・・・「Ferram Phos」(風邪の初期で、それといって症状もなく、
Aconも時期が過ぎ、Gelseniumほどのだるさでもない様子なので)

ついでに、横文字も苦手な人なので、再度メールする。
君んとこ、Ainsworthsの42種類もレメディーいらんやろう。
Arn. Acon. Gels. Ferr−p.ぐらい(風邪とケガ対応)でいけるで〜
と腹で毒気づきつつ。わはは。

これは慢性病の人のセッションでもないのよ、マインドとか聞いてる場合じゃないのよ。
と自分に言い聞かす(私もある意味、コダワリ病だったりする)

はてさて、私のセレクトしたレメディーは飲んでもらえたのか?
“Good job!”しているのか?
急性の処方もなかなか大変です。『質問力』に限ります。
修行させてもらってます。

それにしても。
母よ。あなたにつける薬がほしいです。娘より。

あ・・でもやっぱり、ホメオパシー否定論とか繰り広げる肉親は困るので
ほがらかにしていてくれたら、やっぱり、そのままでもいいです。娘より

あ・・・私がイライラ、トホホモードになったときは、私につける薬を探します。娘より。
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by miroku-ai | 2007-11-06 16:41 | ホメオパシー入門編

美しい日本語?正しい日本語?

小学校の男性校長が学校だよりに不適切な表現/横浜
ちょっと前のニュースですが。
横浜の市立小学校の男性校長(57)が保護者や地域の人たちに配布した
「学校だより」 の表題を大きな文字で「うん子」としちゃって非難囂々みたいです。

以下引用
「はい」という気持ちのよいあいさつが児童から返ってこない現状やあいさつの必要性を説明。その一方で「(児童に)『分かったのかな』と聞くと『うん』。もう腹が立ってきて『うん、じゃなくてはいでしょ』と言うと、やっぱり『うん』。おまえは『うん子』かと怒鳴りたくなるわたしのこの気持ち分かってもらえますでしょうか」と書いてある。
そのほか児童に対して「どついたろかという気持ちになってしまいます」などという不適切な表現もある。この文章に保護者らから「子どもたちがかわいそう」「安心して子どもを任せることはできない」などと批判が相次いでいるという。

あーあ、やっちゃった〜

この校長先生のセンスは嫌いじゃない
      (どっちかというと好きだったりする)・・そやけど・・

そんなギャク?披露と愚痴大会は先生方同志でやっとけ〜
先生、ましてや校長先生は、お手本となるべくヒトなのだから
お笑い芸人のように、笑いをとらんでよろしいで〜
何人の政治家達が、そのホンネをうっかり言っちゃったためにやめたことか。
個人的なポエムだったらよかったのにねえ〜
・・・よくないか。それにしても「うん子」はハイセンスすぎる(笑)

内輪ネタは、大勢の人には伝わらないことが多すぎる。
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by miroku-ai | 2007-10-30 16:40 | プラスα

歌って踊るインコちゃん

バックストリート・ボーイズのEverybodyに合わせて歌って踊るってる〜。
それはなんとオウム(キバタンインコ)とのこと。
とにかくParrot Dancing Part 1 (Snowball the Cockatoo)動画は必見。
*exblogではyou tubeが貼れない(泣)何とかしてほしいものだ。

このオウムちゃんの名前はスノウボール。
保護施設にやってきた11歳のオウムで、
音楽をかけたらバックストリート・ボーイズの曲で踊りだしたそうだ。

一見、よくできたCG?とか着ぐるみをきた人間?と思ってしまうほど
だけど、本当にオウムが曲にあわせて踊って歌っているそうだ。
訓練とかしたわけではなさそうだし。
抜群のリズム感、最高!!!

曲のフィニシュで、トサカ?がバサッって立ってるとこがサイコ〜
「僕って天才!」っていってそう。
何度もリプレイしてしまうわ(^^)/

BSBの2008年の大阪城ホールコンサートが中止になったときいたけど。
なんでなんやろ〜残念。
(いや〜別にチケット買おうとしてたわけでもなんでもないんだけどさ〜)
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by miroku-ai | 2007-10-25 21:59 | プラスα

想像力

夕飯の支度の時の出来事です。

次女「おう!白髪ネギ!大好き」
などと言いながらつまみ食い(っていうのも変わっている気もする)
次女「なあなあ、白髪ネギってどこで売ってるん?」
私「えっ・・・!(言葉にならない)」
  へえー知らないんだ・・・・(軽いショックの母)もやしの仲間とか思ってる?
私 「家で作るの!ネギを縦に切ってさらすだけですけど」

そして夕飯。(今日は鰯の葛衣の揚げ物;ネギとレタス添え)
次女「白髪ネギってどうやって作るん?」←まだわかっていない人(^^;)
私「ネギを繊維にそって縦に切って水で曝す」
次女「なんで?ネギって言うても、白いとこってないやんか」
私「だから、青ネギでなくて白ネギで」
次女「???」
私「ネギには二種類あるの。味噌汁とかには青ネギで、鍋とかには白ネギ使うやん」
次女「???」
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そうです、次女は関西人だからかなんなのか知りませんが、
ネギというと「青ネギ」しか思いつかない人でした。
もういいかげん説明にあきたので(^^;)
実物にご登場いただきました。
次女「なーんや」
まったく、百聞は一見にしかずでございます。
次女「鴨が葱を背負ってくるとかいう諺の野菜やろ?」
私「うん(おっ、いいこと知ってるヤン)」
次女「で、その諺はどういう意味なん?」
私「・・・ガクッ(再度絶句)」

現代っ子は、以外なことを知らないなあって、毎日思いますけど
知らないってことの大半は想像力が欠けているのだろうなあ。
無邪気っていうか、ちょっとニヤっとしてしまう出来事でしたが。
私は食べ物に関しては、「これは何だろう?どうやって作るのか」
ばっかり考えてますけど〜(爆)

語彙の貧弱さは、文化知識の脆弱さとちがうやろうか。
意識していても、次世代には伝わらないものがありすぎて、時々オロロ〜ンです。
きっと、昔の若者だった私も両親にそう思われていたのでしょうけれど。
しょうがなくても文化がなくなると、豊かな言葉がなくなるんです・・・涙

とにかく、好奇心と想像力をもった大人になってほしいもんだ。

次女とやりとりしていて、昔のことを思い出しました。

長女が二才くらいの時、なんのご飯にしましょうか、って話をしていました。
長女「ペケのおっかな(お魚)が食べたいナー」
私「ペケのお魚??」
長女「お腹にね〜ペケの模様のある“おっかな”よう」←オサカナと言えない
私「・・・あ!メイタガレイね。くくくっ」(爆笑している母)

そのころの長女のお気に入りはメイタガレイの煮付けでした。
長女の想像では、海にはペケの模様のお魚が泳いでいる、でした。
かっわいい〜
最近はそんなほのぼのな話題はとんとありませんけど、白髪ネギで思い出したのでした。

                         写真は「お魚よもやま情報」d0090637_22211360.jpg

そういえば、最近煮魚してないな〜
明日のおかずにしようかな!
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by miroku-ai | 2007-10-11 22:12 | α食い倒れ