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魂の保護を求めるこどもたち

治療教育の講座にいってきました。その報告の前にすこし。

人智学活動の根幹を支えるところに治療教育があります。
もともとシュタイナー教育というものがあったわけではなく
シュタイナーが若い頃家庭教師をしていた子どもが水頭症の子どもであり
その子どもに最高の教育を考えて実践した、というところが出発だった。

初めてのヴァルドルフ学校も労働者の子弟の為につくられたらしい。
シュタイナー教育は、いわゆる社会の弱者の子ども達がはじまりだったこと
が、注目すべき点です。シュタイナーは全ての人は発展途上で、治療教育が
必要なんだ、といっています(と記憶しています、あいまいでごめんなさい)

    ***     ***     ***

で・・・今日の講座にはいろいろ考えさせられました。
今シュタイナー教育は世界でかなり認知されつつありますが
戦後ドイツで人智学的治療教育を行っていた方がこの基盤を築かれた
ということを聴き、驚くと共に、深く納得したのでした。

シュタイナー教育とは、治療教育とは、といったことではなくそれを行った人間の在り方が、
普通の世の中の人のその根底に流れている「人智学」ってもしかして(?)すごくいいかも
しんない、って思わせた、というか人をうならせたのです。
「人を通してその背景にある本質を認識する」・・・芸術活動といわれるところです。

ハンディーのある子ども達は、誰かに支えて助けてもらわないと生きていけない。
シュタイナーは「精神は病まない」と言います。
これは、「身体(身体)/魂(心)/霊(精神または自我)」の三分説でいう、
霊(精神または自我)はどの人も病気になったり傷つけたりできない、
ただ、現世で生きている限りで言うと、霊を映し出す鏡が魂であるので
魂(つまり心)の領域がなんらかの形で欠損があると
魂が霊をうまく映し出せないということなんです
。(詳しくは神智学等参照)

いわゆる健常者は、自由に自分の魂を表現できる。
何でも言える、何処かに行きたければ行くことが出来る。
しかし、ハンディーのある人は「自由がなんらかの形で抑えつけられている」
だから、誰かが彼らを支え、不自由な彼らのかわりにすること、考えること、それら全てが
「死後神々が行うことを我々がかわりにおこなう」ということとなり、
治療教育に関わることは「神々の仕事に関わること」だそうです。

そうして、「胃痛の時胃について意識する」のとおなじように
「自由の少ない子ども達」と生き、関わることは「意識化」することだそうです。
もちろん「人間」のことです。「霊の目的」つまりは生きる目的です。

こうしてみてみると、治療とは、特別に養護が必要な人ではなく
私達もみんな「支え」と「不自由さの解放」が必要である。そして
そのような人を通して、その人に関わる人はそれを意識し、意識することを
し続けることで、その奧に在る「本質」に気づくことができるってことがわかると思います。

シュタイナーは子どものことを「平等魂」とよんでいたそうです(ほ〜)
私達が成長するにつれて不満、不服がでてきます。
しかし生涯にわたって「平等魂」をもっているのがハンディーを持った子どもだそうです。

    ***     ***     ***

もっといろいろ書きたいのですが、最も私を揺さぶったところを書きました。
拙い文章でうまく伝わっているかしら?(私なりの言葉にしたり、解説をいれましたが)

ちょうど、今週、ハンディを持った子どもさんの親御さんと話す機会があり
厚かましくも、以上のようなメッセージを私自身で感じており、それをお伝えする
機会が今週は二回もありました。なんだか偶然の必然性というのでしょうか。

彼らの家族も本人も大変だなあ、と思うことは、とても方手落ちな見方と思うのです。
「魂の保護を必要とする子ども」を通して、私達はいろんな経験をさせて頂いています。
そして、より深く、人間とはなにか、魂とはなにか、を考えさせられるのです。
いわゆる健常児と関わるよりも、「魂の保護を必要とする子ども」達と
関わっているときのほうが、より強く
「あなた達の魂はなにを表現しているの?生まれてきた目的はなんなの?」
と問いかけている自分に気がつきます。
そして、その事自体が、アントロポゾフィーであると、気づかされるのです。

シュタイナーの洞察の深さにはいつも感嘆するのです。

    ***     ***     ***

関西で、治療教育を実践しようとしている団体がいます。
「ともに生きる Being Together」
活動ははじまったばかりで、まだまだ小さなうねりです。
大きなうねりとなっていきますように。
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今回の講師は、
『宝石と四季のお祭り シュタイナー鉱物論入門』
の著者なんです。石好きなんですって。
(シュタイナーも)
来月から二年間ドイツに行かれるそうです。
キリスト者共同体の司祭をされていますが、
共同体からドイツに赴任指令(笑)
がでたみたいですね〜「転勤」みたいなもんでしょうか(^^;)
どうかお元気で、また日本に帰ってこられたら
パワフルなお話をまたお聞きしたいものです。


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今回参考にされていた書籍はルドルフ シュタイナー 著:高橋 巌 翻訳「治療教育講義」
です。さっそく読んでみようと思ってます。



人智学の観点からの治療教育のおすすめは
トーマス・J・ヴァイス 著:高橋明男 訳
「魂の保護を求める子どもたち」
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by miroku-ai | 2007-10-20 23:50 | シュタイナー

僕のまわりは美しい

三連休はなんやかんやと忙しかった。
連休中日は、長男クラスののレクレーションへ。
軽く山登りしたり、ドッチボールしたりと久しぶりにアウトドア満喫。

長男のクラスはノリがよく、親子みんなで仲良しで、いいのだ〜
この日は、親子ドッチボール対決をして大ハッスル(死語!)
(お父さんもお母さんもかなり本気だった)

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by miroku-ai | 2007-09-25 00:00

泥だんごの効用

長男が誕生日を迎えました。

彼の学校では生徒の誕生日にはクラスで祝いします。
先生がその子の誕生にまつわる話をみんなの前で語ってくれたり
高学年になると家族からの手紙を披露してもらったり自分でスピーチしたり。
その学年の学習テーマとなるプレゼントをいただきます。
(学習テーマの一つに植物学があり、今年は植物。息子はサボテンをもらってきました)

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by miroku-ai | 2007-06-28 23:55 | シュタイナー

ヴァイタルフォース

ここんところ、どん底でした。
のっけから景気の悪い話でしてすんまそん。

ひさしぶりに、落ち込みってものを経験しました。
昔は、感情に振り回されて、ぐるんぐるんしていましたが
ホメオパシーのセッションを重ね、「健康」というものにかなり近づいたと思ってました。
少々のことにも振り回さず、ご機嫌に生きるコツをつかんできたな
なんて思っていましたが、結構あっけなくガッツンきますね。

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by miroku-ai | 2007-06-13 16:23 | ホメオパシー

五芒星形と薔薇と人間

昨日、ホメオパシーの自主勉強会がありまして。
それからずっと心を占めているのは、「星」

でもね〜勉強したのは、海のレメディー達(^_^;)
有名処ではNut-m.(岩塩)Calc.(カルシウム)Sep.(イカ墨)Ambr. (竜涎香)。
あとSpongia(海綿)とかMurex(紫貝)Asterias runbens(赤ヒトデ)とか。
そう!ヒトデに前から注目していて(キム先生の講座から)気になっていた〜
因みに、Asterias runbensは乳ガンで有名なレメディーです。

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by miroku-ai | 2007-05-23 23:53

理解すること

シュタイナーを学びたいなら、
「神智学」 「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」 
「自由の哲学」  「神秘学概論」
が必須書籍といわれています(これ読まなきゃ単位がもらえないというわけじゃあないけど)

・・・・・そっ、それがまた、ムツカシーんだ。寝るほど。(−ρ−)........zzz
タイトルからして、「ぎょ〜硬ったーい=歯がたたない!」って感じ。
何年か前は、買ったことは買ったが、まさに「本棚の肥やし」と化していました。
何度か取り出しては、あきらめる、の繰り返しを何度したことか。

そんで、ホメオパシーの学校に入学したら、またでた「必須書籍」
まずは、ハーネマンの「オルガノン」
ホメオパシーをやっていて、これ知らなかったらもぐりです。
ホメオパシーの発見者のハーネマンがここにホメオパシーの全てを
結晶化してあります。

それから、ケントの「ホメオパシー医学哲学講義」です。
「オルガノン」の解説をしながら大学生に講義した内容です。

入学当初は「嗚呼〜また難解な本 読まなアカン」と泣けました。
これまた英語だし。最近日本語訳が出版されました。(原書はドイツ語です)

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by miroku-ai | 2007-04-20 23:52 | プラスαな本

『僕らの前に道はない 僕らの後ろに道は出来る』

この日曜日に、我が家の子ども二人が通う学校の
第一回目の高等部の卒業式が行われました。

子ども達の学校は1年生から12年生までの子ども達が一つの校舎で学びます。
一般の日本の教育でいうと、小学校1年生から高校3年生までの子ども達にあたります。

第一期生の彼らは、ひと言ーすんばらしいー。

開校当時、中学生だった彼らは、「山の物とも海の物ともわからん」ようなフリースクール
(認可されず、学校法人じゃない)に公立学校から転校して(半分させられて?)通い、
校舎も狭く、当時は今ある教室を二学年で半分に仕切って使っていました。
鞄をおくロッカーもなく、机も廃品同様のものだったり、物質面でも超プアー(笑)
(でも、全て手作り&自然素材だったりして、超贅沢〜とも言えるのだけど・・・)

そんな過酷な状態で、なにをやるにも、学校初、日本初のことばかり。
思春期まっただ中のビミョウな年齢の彼らにとまどい、葛藤がなかった筈はありません。
最終的に最高学年を終えた彼らをみると、あたしゃ、涙がでます。

卒業式のある週の半ばには、卒業プロジェクトといって、
各自が、自分の興味のあるなにかをホールでプレゼンします。
(それで卒業できるか審議されるの。審査員もいるんだぞ)
例えば、彫塑、詩、演劇、家具作り、語学、マンガ、など。
ユニークどころではオリジナルカードゲームや、平安時代の生活を体験したものの発表とか。
もう、本当は全部書きたいくらい、ユニークで、濃厚な時間を共有させていただきました。

そのプレゼンのなかで、なぜテーマを選んだのかなどの説明はもちろんありますが
その発表に至るまでの過程を各々語るのですが、もう、それが壮絶(大げさでなくってさあ)
1年半かけて(今回初めて知った)、自分とまっこうから向きあって、
何度も挫折や、しらけ〜ムード、焦りと闘いその発表の瞬をむかえる・・・

私が18才のころには考えつかなかったものを、彼らはしっかりと考えていた。
(っつうか・・・・おばさんになって目覚めたのだった、私。ほんの最近のことじゃ)
彼らが、自分と向き合い、自分と対話し、色んな「師」にささえられて、見つけたもの。
人生でくじけそうになっても、その「瞬」を知っているから、再び歩き続けられる。
一人ひとりの言葉を聞いていて、自分達より、大人だなと。魂が大きいちゅうか。

卒業式自体は私は出席していませんが、来賓であの「こ○す」さんや「は○」さんがいらした
そうで、彼らの一人ひとりのスピーチを聞いて絶賛されたと、ききました。

どの学年にもカラーがあって、この卒業生の得意とするのは「パフォーマンス」
特に演劇、音楽、(あと、お笑い!)が得意で、卒業式の後、見送る子どもや親や先生
の前で音楽演奏と一人ひとりのスピーチをきかせてもらいましたが、感動した!!!(笑)

一昔前、文部省かなんかのキャッチフレーズ?で「生きる力」を育てよう、ってあったけど
なんだかこれにはピンとこなかったけど、彼らは「生きる力」に満たされている。
学歴、偏差値、他人や世間の評価ではない、ところの「自信」が育ったなあ、と。
もう君たちは外に「自分探し」しにいかなくても、ちゃんと自分を感じているね。
18才のころの自分と比べて、ちょっぴり、うらやましくなった。

最後に、校庭で、送る人達のトンネルをくぐって拍手のなか去っていった。
彼ら、どの人にも目をみて挨拶するんだ。話をしながら、何度も涙ぐんじゃった。
なごりを惜しむ人達が再度ならぶので(!)列はどんどんのびる一方(おいおい)

そんな増殖する?列をみて、ふと思い出したフレーズ。
昨年夏に全国何カ所かまわった「卒業演劇」公演。自作のチラシに書かれていた、
「僕らの前に道はない 僕らの後ろに道は出来る」
ほんま、君ら、パイオニアだよ。 おめでとう。誇りにおもいます。
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by miroku-ai | 2007-03-27 23:23 | シュタイナー

ミツバチの疾走!?

過剰ノルマで“過労死”? 全米で謎のミツバチ集団失踪
米国全土でミツバチが巣箱から集団で失踪(しっそう)する怪現象が広がっている。養蜂(ようほう)業者の減少で、みつの採集などの作業で過度のノルマを課せられたことによる“過労死説”も出ているが、原因は分からず、国家養蜂局(NHB)が緊急調査に乗り出した。養蜂業への打撃に加え、ハチを介した受粉に依存するアーモンドやブルーベリーといった140億ドル(約1兆6000億円)規模の農作物への深刻な影響が懸念され始めた。

という記事を新聞で読んだ。はー。虫にも過労死?と笑ろた。
いや、確かにハチは蜜を集める途中に寿命が尽きて巣に戻らずに死ぬらしいけど。

虫刺されや火傷や蕁麻疹など 「腫れて赤く熱い」症状に効くApis.というレメディーがあります。

確かに、このレメディーがあうお方は、“ワーカーホリック”だといわれています。
なんてったて働き蜂から作られるレメディーですからねえ。
昆虫のレメディー全体にたぶん「せわしなさ」があると思いますし
「お仕事熱心」だと思います(昆虫って常に忙しそうじゃない)
しかし・・・過労死とは・・・いったい何が起こっているのでしょう?
(すっかり過労死と決めつけている私)他の理由としても、どうしちゃったんでしょう?
大きな巣の中での分蜂とも思えないし・・・多量に蜂が死んでる原っぱがあるとか???

きっと、なんか人間への警告にちがいない(とまた決めつけ(^_^;))
自然現象って人間の行為のバランスをとっているといわれますし。

それにしても、蜂とか蟻とか真社会性昆虫(eusocial insects)の知恵はすごいですね。

また話は飛びますが、息子は学校で「動物学」を学んでいます。
担任の先生のお話では、「他の昆虫もそうですが蟻や蜂は特に、集団で一つという意識?
をもっています。例えば、蟻が忙しそうに列を作っているとき、口と口を擦り合わせているのはあれは、口移しで食べ物を与え合いっこをしています。“社会胃”というものをもっています。ミツバチは、女王蜂に“社会生殖器”の役割を託します」だそうです。

Apis.の同姓への嫉妬深さ「私は一生働いて、貴女(女王蜂)だけ生殖できるのずるいわ!」
みたいな感情は、蜂自身はもっていることはないのでは?とおもったことがあって。
蜂だけじゃなく他のレメディーも、鉱物でも植物でも動物でも「その役割をまっとうしているので文句なんか言わない」けど、なぜか、人間に人間以外のエネルギーが宿ると(これってわかりますか?)人間がその「物質」になりきったままの感情が表れるのだろうな〜と漠然と思っていました。(たとえば、『蜂人間』とかいうことです。)

担任の先生によると「下等動物から高等動物への変遷と歴史の変遷でも同じものが見られる」とおっしゃってました。そういえば、エジプト時代なんか、ピラミッドを建てるのに
すごいエネルギーがいるけど、それは大部分の人は「個としての自分ではなく、集団に属している意識」しかまだなかったようです。そして少数の王家の人々は女王蜂かも。
実際壁画の人々の表情は横顔しかなく、みんな同じ方向を向いていますね。
昔、「昆虫」だった人間の意識。子どもの頃、エジプトの労働者だけには生まれ変わりたくないとおもった記憶がある。(マンガ【王家の紋章】とかで〜)靴で踏みつぶされるアリに生まれ変わるとかもめちゃ嫌や〜なんて考えていた(笑)。でも使い捨てられていようが、踏みにじられようが、怒りを感じないんじゃしょうがないんか〜。

それにしても、アメリカの働き蜂さんはどこにいったのかしら?
集団ストライキとか?いったい誰に? 人間か・・・
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by miroku-ai | 2007-03-06 01:19 | ホメオパシー

下流志向

一日好きなことしていいよと言われたら、わたしゃ読書がいい。
というか、活字中毒かもしれません。
家族がいないリビングで、お茶飲んで新聞を広げる時間が至福の時です(→おやじ)

ということで、今日の内容も本です。内田樹氏の『下流志向』です。
ちと、カタカナ日本語が多いのとマルクス的なんが気になりましたケド、
読み終えて、ま、いいや、ってなかんじです。は〜おもしろかった〜。

なんで、今日本の学力低下なのか?なぜニートが増えるのか?
という問題に独自の仮説でもって源に迫ろうとしています。

教育という商品を「等価交換」しようとする子ども達は、
「不快感」を表すことで、「値切ろう」としていると内田氏は言います。

「先生、これっていったい何の役に立つのですか?」という質問を生徒が発して
しまう環境を社会(大人)が作りだしているようです。
実際に学んでいるときに自ら客観的に見ることが出来ないのに、
いい方を変えればモノサシではかることができないものなのに、
不幸なことに、子ども自身が既に出来上がったモノサシで消費者面をしている。
本当の「学ぶということ」は自分のモノサシを自由自在に変化できるものとするものである
といった内田氏の考えはもっともだと思う。
ホント、何のために学ぶのか?なんて、死ぬまでわかんないものだもんね。

話は飛んで、シュタイナー教育って、少なくとも7才までは「目覚めさせすぎない」よう
に子どもを育て、「学ぶこと」が楽しくってしかたない子ども(人間)のありのままを
育てる教育だと思っていますので、とても共感出来るのです。
子どもを畏敬の念で見ることのできる大人がいてはじめて、子どもは畏敬の念を
育てることができるのですから。私もそうですが、何かにたいして「批判」したくなるのは、
「何の役に立つのか」とか「損か得か」とか「有用か無用か」の
「資本主義」的もののみかたで物事をとらえているのかもしれません。

昔はありえなかった「勉強しなくても自信たっぷり」な人間が増え、
「労働に対して賃金が低すぎる」と叫び、IT長者を賞賛する時代性。
「投資したものをすぐに回収したい」という「ビジネス」にとらえがちなので、
学ぶこと、子育て、に於いてロングスパンの考え方ができず、
よい大学→よい就職という、わかりやすい結果がでることで安心したい。
親が親なら、子も子で、というか、その共同体が共同体なら、その人間も人間ってことで。

この本結構辛口ですけど、「自己責任でニートをやっているなら野垂れ死ね」ではなく
「おれのことはほっといて」というニートに対し「悪いけどほおっておけない」と
いうメッセージを「常識」としよう!なんていう大それたおせっかいなこともおっしゃる(愛があるワ)さらに、そうやって「自己責任」で下流階級に自ら行こうとする人に「やめた方がいい」と説得する=我々のコミュニケーション力を育てることも力説しています。
これらは、全部自分たちの外側で起こっていることではなく、自分の内側で起こっていることで
あるという認識を育てることと思います。

他、かなりのページをさいて人は「師」をもたねばならないと書かれていましたが、
このあたりの考えは、「尊敬する大人がいること」の大切さを説く
思春期のシュタイナー教育にも共通すると思います。

「学びと時間と空間について」「等価交換の無時間モデル」「労働はオーバーアチーブ」
などは、「エンデの遺言」の内容を彷彿させるようでした。

内田氏って思想家なのかな〜(まだよく知らないので)

とにかく、身につまされるコトが多くて、ちょっと反省しました。

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by miroku-ai | 2007-03-05 22:51 | プラスαな本

公立中学で

またもや続きです。

こうして小学校を「書類上」卒業した子どもたちは、またもや中学でも「不登校」
ということで、在籍させて頂いています。
それで、長女はこの春中学卒業します。
毎年、長女と何度か中学を訪問します。その時に、校長先生や担任や主任先生の前で
学校のノートを見せたりどんな授業を受けているかとかを話します。
幸い、娘は臆せず、何でも話すことができる性質の子で助かります。

シェイクスピアの劇を卒業演劇として取り組みましたが、その取り組み方が半端じゃないので
国語科の先生方は「自分もしようかな〜」とかつぶやいたり。
とにかく子どもの学校では教科書がなく、一人一人のノートが教科書となるわけで
その美しさに、その質の深さ、豊かさに、先生方は感嘆の声を上げられます。

続き
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by miroku-ai | 2007-02-18 02:56